欠片、集いて

1.連絡

その日、フランス大使エシェル・シエークルの元に、一本の電話が入った。


「で、その【お泊り会】の趣旨は何なんだ? 今この状態でのんきにそれができるとは思えないんだが」


正直、「彼女」から連絡があるとは思わなかった。

エシェルは、突発的に空が割れた、あの日もすべてを見ていた。

受話器の向こうにいる彼女が、悪魔を召喚する……いや、この国に存在する悪魔の制約を解除する、といった方が近いか。そんな力を手に入れてしまっただろうことも。


そして、当然に。

秋葉とはもう、会うこともないだろうと思っていた。


屋上での会話が漏れ聞こえれば、自分の立場も否応なしに変わるだろう。

もしも彼が、あの時耳にした話を誰にしなかったとしても、ここは元の「誰が訪れることもない大使館」に戻るだけだ。


いずれ「今までどおり」は望めない。


街が再び表面上だけでも日常を取り戻すのを眺めながら、そんなことを考えていた。

しかし、一か月と経たないそのタイミングで思いがけず、忍から連絡があった。


『そうだね、【名目】だよ。エシェルはキミカズがどういう人か知ってる?』

「……。よくは知らないよ。折に触れて勝手に来て勝手にくつろいで、勝手に帰っていくくらいで」


当たり前のように話している。

彼は、彼女に、あの日起こった出来事を話してはいないようだったが。

何かを勘づいてはいるだろう。

エシェル自身が失言をした。

「何も聞いていないのか」と。

そういってしまったこと自体、何かがあると言っているようなものだ。

聡い彼女ならそのことに気付いたろう。


にもかかわらず、今まで通りふつうに話をしていることに、内心戸惑いを覚える。


『私も知らない。はっきり言ってしまうけど、彼はエシェルのことに気付いていると思う?』

「……」


『どのこと』を聞いているのか。

己の理解にもどかしさを覚えたエシェルはそして、自らそれを聞くことになる。


「その前に、君はどこまで知っている?」

『秋葉の見たことは聞いたよ。しばらく隠してたけど、わかりやすいからね』


何事もないように言う。

どうやら秋葉は、一人で抱え込む羽目になっていたようだ。

そもそもの情報共有者だけれど、その忍にさえ言えずにいたのか……


受話器を片手に、瞳を細めるエシェル。


『エシェル?』


少し黙していると、呼ばれる。

それ以上、彼女は何かを言うつもりはないようだ。

前提が整ったところで、話を進める。

エシェルにしてみれば、その方がやりやすい。有難いことに。

余計な私情を挟むことも相手の感情を捌く必要もないのだから。


「可能性は高い。すべて推測の域だけれど」

『私も同じ推測に至った。それで、確認したい』

「してどうする?」

『もう、秘密にしておける状況じゃない。これ以上は、秋葉にも私にも、無理だ』


それがどういう意味なのか。

複雑に入り組んだ可能性を考える。

けれど答えなど出るはずもなく。


「……」

『失望した?』

「いや。キミカズを巻き込むつもりなら、それでも公にならない方法を考えているんだろう。そしてそれは、君が考える最善だ」


これも推測。

けれど、無理だから投げ出したわけでないことだけはわかる。

その中で、何ができるかを模索しての結果、というわけか。


『最善かはわからないけど……キミカズをまきこめたら司くんもまきこめる。言い方は悪いけど』

「そうだな、それは賛成だよ。司には僕も伝えたいことがある」

『伝えたいこと?』


彼女の言う巻き込む、というのは知らせていなかった知らせるべき者に、そうする、ということだ。

どう転ぶかはわからないが、確かに自分が熾天使(セラフ)であることは天使の襲撃が再三にわたり繰り返された今、「内緒話」で済む話ではない。


会話は続いている。


「『もしも』キミカズが巻き込めたら、の話だ。その時にはもちろん、君にも聞いてもらう」

『そう、じゃあ「巻き込めなかったら」そのまま普通にお泊り会ね』


あっさりと。

まるでいたずらを仕掛けて、成功しなかったら、みたいな口調でいうそれが、妙にするりと入ってきた。


「わかった。また君のお気に入りのスコーンでも用意しておくよ」


失われていいはずの日常が、まだそこにあることにふ、と笑みをこぼす。


通話はいつものように、他愛のない挨拶で切れた。


「……この期に及んで、諦めの悪い友人たちだ」



エシェルはそう独り言ちて、広い窓の外。

静かに青く透き通った冬の寒空を見上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る