お近づきになりたい理由(2)

「アンダーヘブンズ?」


司さんはそこでオレとは違うところにひっかかったらしい。

確かに、名前からしていかがわしい。


「お前、訳の分からない組織と組んでたり、そもそもそんな組織を作ろうとしてたりしないだろうな……」


外交の仕事というより、ふつうにアンダーグラウンドな気配を感じて聞き返す。

ちょっと失言したという顔をしながら答えるダンタリオン。


「そんな面倒なことするか。組織でもない。単に、店の名前だよ」

「……」


司さん、まだ聞きたいことがある様子。

さすがに心を読む能力があると言われる悪魔だ。

ダンタリオンは、その能力を使っていないが、空気を読んだ。


「神魔が特に多い行きつけの店なんだ。だから情報交換が盛んでな」

「一応、付け加えておくと制約を解除できる仕組みを作るなら一瞬で制約をかけなおす権限も作り直すという話もあったので……いずれ、公爵の思うような 都合の良い ことにはならないと思います」

「う……」


毅然とした司さんの、というかそれを越えている戒めのような言葉に閉口しているダンタリオン。

あーあれだな。

最強の矛を作るときは、盾も作らないとっていう(?)


「大体、なんで今更そんなこと言い出すんだよ。……力解放したいなんて、ある意味、第一級犯罪者のにおいがプンプンする思考回路だぞ」

「2年も日本にいたからなー いろいろなまってきた気がする」

「そうだな、万年だらけて遊び惚けてるもんな」

「仕事はしてるぞ」


そういわれると、本来の力を振るわないまま2年、となると確かにストレスのようなものが溜まってくるのかもしれない。

なまるのも発散したいのも普通に分かる。人間だって適度な運動が必要だ。


だが、しかし。


それで前回の一件を引き起こしたっぽいところもあるので、くせになられても困る。



「魔界に一旦、里帰りすればいいだろ。暴れたいなら制限のないところで暴れて来ればいいじゃないか」


自分で言うのもなんだが、すごく正論だと思う。

司さんも同意してくれている。


「お前……魔界になんか帰ってみろ……!」

「……何か問題が?」

「再入国するときに誓約書書かなきゃなんねーだろうが!」


そうだった。

こいつ、初めから日本にいる組だから、その制度が出来た時に改めてそういう手続きしてないんだった。


誓約とはつまり制約。

ふつうに神魔の力を制限するための仕組みはあるが、さらに誓約書にサインさせることで、行動制限……というか、よりモラル的に過ごしてもらうようになっている。


時々思い出すが、すぐ忘れてしまうので、忘れないうちに今から誓約書を取りに行って書かせた方がいいかもしれない。


「とにかく! そんなくだらないことで呼び出すのやめろよな。あ、その情報が出回ってることは報告しとく」

「こんな時ばっかり仕事するなよ」

「それはこっちのセリフなんだよ!」


今日は情報を持ち帰ったということで、報告書に書くこともできたことだし、帰ることにする。

こういう誤報が流れると何かと問題が起きがちなので、その手の情報を仕入れたら、報告するのも仕事の内だ。

……そういう意味では、無駄に呼ばれたのにも意味があったと言えるわけで。



複雑だ……



オレは席を立つ。


「初めから聞いとけばよかったな。ツカサ、悪い。土産にもってけ」


司さんに何かを渡すダンタリオン。

ブロマイドだった。


「いらねーよ!! なんだよこのキメ顔は! お前、写真集でも出す気!?」

「写真集はないが雑誌の特集が予定されてる。その読者プレゼントで使われるサイン入りの奴でな。レアだぞ」

「………………」


レアというかゴミだろ。

使い道は一体。


「妹にでもやれば、兄として株が上がること間違いな……」


ビリっ


司さんは容赦なくそれを真っ二つに割いた。


「ってツカサーーーー!!」

「こういうことには興味がないので」


うん、司さんもそろそろ限界だったんだと思う。


それくらいしてやってもいいと思う。


「詫びだというのなら、こちらのフルーツをいただいてもよろしいですか」

「う、うん」


いきなりのことにダンタリオンのいつもとは違う口調。

びっくりしたらしい。


「あ、じゃあ他にもコージーコーナーの菓子とかあるから持たせるわ」


魔界の貴族がコージーコーナーはないだろう。

せめてモロゾフくらいいっといたらどうだ。

いや、どっちが上かはよくわからないけど……とりあえず、コージーコーナーは全国展開でもれなく駅ビルなんかにあったりするから、身近なイメージしかない。


司さんはいつもと変わらずフラットな表情に見えるが……

何か鋭さを発しているような雰囲気が。

もちろん、空気に聡いダンタリオンにはひしひしと、というよりもはやビシビシという感じで伝わっているだろう。



割と地雷を踏んだっぽい。



そしてオレたちは丁寧に包まれた菓子を手に、帰路につく。

戦利品と言えば戦利品だ。


「今度は用のある時に、呼べよな」

「わかった。ツカサも息抜きについて来いよ」

「……」

「今度は何もないって! 誓ってもうしません!」


悪魔の誓いに何の意味があるというのか。

司さんはため息をつくと空気を緩ませた。


パタン、と通り慣れた扉が閉まる。



「まずったなぁ……アンダーヘブンズの名前、出しちまった」


残ったダンタリオンの小さな笑いと呟きをオレたちが聞くことはなかった。

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