ペーパードライバーの試練(3)
ペーパードライバー教習
「……何か轢いた!?」
「轢いたって言うかぶつかったって言うか」
「なんでもっと早く言ってくれないんだよ!」
責めてはいない。こういう時は自分に叫んでいるようなものだ。明らかにぶつかってはいけないものだった、くらいはオレにもわかる。というか借りた車。
「見通しが良すぎる場所だから」
「……」
司さんを見るが、そう、もうずっと前からそれは見えていたはずのものだったのだ。気づいていると思ったんだろう。スピードもいつでも止まれそうなくらいの、ちんたら楽しんでいる程度だったし……
「秋葉、すまない……」
「いや、謝らないでください!? オレの方がなんかすっごい申し訳ない気分に……!」
忍が車を降りる。なんか司さんがさっきの河にダイブ寸前事件より顔色悪くしている気がするが、大丈夫だろうか。いろんな意味で。
オレも確認しようと降りようとするが……
「たぶん、今のは何かしらの神魔だぞ」
「え」
司さんの一言で、降りるに降りれなくなった。
逆に司さんは、諦めたようにシートベルトを外して降りた。それで最後にオレも続く。
果たしてそこにいたのは……緑色の体色をした、筋骨隆々のヒトだった。
「……なんか、寝てるだけみたいなんだけど」
「意識失ってぶっ倒れたとかじゃなくて?」
「いや、ふつうに安らかそうだから声かけづらい」
忍も様子を確認して、そこで止まってしまった模様。そのヒトは、一言で言ってしまえば鬼だった。角があって、筋肉モリモリしていて、怖そうな顔な上に、腰巻一丁。
ふつうに鬼だ。
「頑丈そうな人だから、怪我はないみたいだよ?」
「そ、そっか」
「秋葉、車体の方も大丈夫そうだ。高さ的にもカバーに当たるか当たらないかだし」
なんだかんだ言って、フォローがありがたい。
「緑色だし、保護色で気づきにくかったんだね、ドンマイ」
「いや、ドンマイじゃないよ? そのフォロー要らないよね。これ、どうしたらいいんだ。何事もなさそうだけど何事もなく走り去ったら轢き逃げになるの?」
「轢き逃げというか当て逃げに近いが、無傷だしよく寝ているようだから起こしづらいな」
そして、冷静に見てみるとそのヒトは道のど真ん中で仰向けになって大いびきだった。
これ、オレが悪いんか。
「仕方ないな、起こそうか」
「轢いたって言うの?」
「こんなところで寝てたら危ないですよ、でいいんじゃない?」
なかったことにしようとしている。オレが車をぶち当てたこと。
「どちらにしても公道じゃなくてもここは、車の通る場所だから……どいてもらおう」
司さん、その後どうするんですか。いまの言い方だと、やっぱりなかったことにしてくれるんですか。警察ですけど立場微妙じゃないですか。
もう任せることにする。
忍が肩の辺りを軽くたたきながら声をかけている。反応がないので今度は軽くゆさぶってみるがやはり同じだ。
「まぁ、車がぶちあたっても起きないくらいだから……」
「それ以上の衝撃与えて起こすっておかしいだろ? もはや攻撃だよ」
どうしたものかとオレたち三人。なんでこうなった。
そこにそれを見ていた神魔の誰かが土手を降りてやってきた。
「何してるんだ!」
びく。
当然、しでかしたのはこちらなので、凄みのある地面が震えそうな突然の声にそんな反応をしてしまう。
後ろ暗いところがあるのは三人共通なので、それは今日の司さんにとっても例外ではない。プライベートだしな……
「ミドリの! こんなところで寝ていたら迷惑だろう!!!」
やってきたのは……うん、ふつうに赤鬼だ。神魔っていうか赤鬼だ。
その声には反応するのが不思議なんだが、すぐにミドリの、と明らかに体色で声をかけられたそのヒトは目を覚ました。
「なんだ……? アカの。もう時間か……?」
眠そうに眼をこする。
そりゃあれだけ爆睡してればな。
「時間ではなく……ここはクルマとやらが通る道だろう。人間のヒトたちに迷惑だ!」
すこぶる良識そうな反応が返ってきている。
すみません、迷惑っていうほど迷惑でもなかったけど、そこにクルマぶち当てたのオレです。
「ここはただの河原じゃないのか?」
「よく見ろ。轍が出来てるだろうが。こういうところは昔から人間が荷を運ぶためのクルマが通る場所と相場は決まっている」
なんだろう、この話し方。昔から人間のこと知ってるみたいで逆にすごく新鮮だ。
「あー今は荷車とかじゃないんだな。馬でも牛でもないし静かでわからんかったよ」
「すみません、日本由来の方ですか」
忍が聞いた。
「そう、人間には鬼って言われてるけど……異国神魔じゃないとだめだったかね?」
「いえ、全然かまわないんですけど珍しいなって」
というか、和製神魔、七福神以外に初めて見たよ。七福神は意図的に現れてたけどこの人たち、なんか観光神魔っぽいよ。一般人感が半端ない。
「まぁ俺たちもたまには昔を懐かしんで、こういうところに来たくなってなぁ……しかし、大分変わったな」
「ミドリの、牛の引く荷車にぶちあたるのとは訳が違うんだぞ。大通り見ただろう。あれが本気で向かって来たら真向止めようとか危ない」
いえ、危ないって言うか、大通りでそれ止めたら道交法違反になります。
「えっと、現代日本のルールとかって、なんとなくでもわかるんですか?」
「おぉ、異国用のぱんふれっと?とかいうのは見たけど国内の俺たち向けとはちょっと違うんだな。大体はわかるんだけども」
「ミドリのは大雑把すぎるんだ。すまん、人間の方々」
いえ、こっちがなんか、すみません。
アカの、と呼ばれた赤鬼(実態は何だかわからない)は、ミドリのヒトを連れてみるからに巨大な身体で土手を上がって戻っていった。ミドリの方は、本当に全然何ともなかったらしく、俺たちがただ見送っていると振り返って豪快に笑いながら手を振り、去っていった。
「……いたんだな。国産のヒト」
「珍しい体験をしてしまった」
なんとなく呆然としつつオレたち。
「秋葉……車、どうする?」
「あ、……なんか今のでいままでの色々吹っ飛んだ気がするから、ふつうに練習して終わりかな」
むしろリセットされた感が半端なく、つつがなしにオレはペーパードライバー(初級)を卒業できそうだ。
「やる気があるならあとは実地で頑張るのがいいと思うが」
「頑張りたいほど公道出たくないので、これくらいでいいです」
ここまでやったなら、和さんに何か言われても十分な努力だろう。
「そういえば、司くんのところに教習所あるよね」
「いや、練習場な」
「……交通機動隊とかの職場じゃなくて?」
交通機動隊は、一般のお巡りさん。一時停止に気を付けようと思いつつ、思い出した。
「特殊部隊は別行動だから、緊急事態も発生するわけで。秋葉、この間、御岳の運転する車に乗っただろう」
「あれは特別ですよね。みんなあぁじゃないですよね」
ものすごい乱暴運転だった。緊急出動というよりもはやあれはレースをしている域に近い。
しかし、緊急事態が遠方なら車を使って移動するのはありなので、ある程度は基本事項なんだろう。
「和さんが言ったなら、そこ使わせてもらうのもありなんじゃない? コーン倒してもいいんでしょ」
「忍……求められているのは普通の運転であって、蛇行とかサイドターンじゃない」
「サイドターンて何?」
「……急ターンのこと。最小半径で方向転換する時に使う」
忍が余計なことに興味を示し始めている。もう「やりたい。」みたいな空気も伝わってくるので、司さんは意図的に視線をそれせてそれを断っている。
「そんな危ないテクニック要らない」
「公道では危ないけど、演習場なら心置きなくできるのでは」
「スピード出しすぎて横転したら怖いだろ」
「秋葉の、超低速からのブレーキと見せかけた急加速の方が、怖い」
「思い出させないでくれる? 割と自信着いたところだから」
そんなことを言いながら。
うららかな日差しの中で河川敷をドライブし、まぁこんな日ならこういうところでのんびり寝てみたくなるかもな、などと存外フレンドリーなミドリの鬼を思い出すのだった。
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