6.南の自衛隊一日体験入隊(1)-危ない、前へ

誰かが言った。


「自衛隊に体験入隊してみたい」


一日でもいい、と。

これに対し、元自衛隊、現在特殊部隊の第三部隊長である南さんは、自衛隊に取次ぎをしてくれた。

南さんは人がいい。どれくらい人がいいかって言うと、その一言を笑い話で済ませるのではなく「けっこうきついぞ」という忠告を経てから「だからこそやってみたい」「いい心がけだ」に発展して感心。応援してしまうくらい人がいい。


ただし、これが現実となったのは、そこに護所局長の和さんがいたことも大きかった。


「だらけきった奴もいるから悪くねぇなぁ。他部署の仕事をみるっていうのもいい勉強だ」


ノリノリだったので、誰にも止められなかった。結果。



南隊長引率の、一日自衛隊体験入隊が敢行された。



「忍……なんだってお前はこういうことにまで興味を出すんだ……」

「実地だよ? 説明書き片手に見学行ったって大した経験にならないじゃない。世の中の視察って、旅行気分8割だよね」


否定はしない。視察研修というものは大体、机上の説明1割、施設見学などが7割、残りの一割は移動だと思っていい。食事はその地域の名物だとかがセッティングされるし、ある意味プチ旅行だ。


が。体験入隊ということは、自衛官としての何かを体験するわけで。事務員職場体験とは訳が違うのは目に見えていた。


「今回は各部署から有志を優先して、残り枠が指名で来てもらっている。指名の基準はわからんが、きっと知らなかったことがたくさんあるはずだから、何か学んだものを持ち帰って欲しい」


南さんが自衛官モードになっている。元、というだけあって特殊部隊の中でもちょっと異色だ。


「一泊二日なんだよな。……」

「京悟さん?」

「あ、いや。なんか戦車に乗せてもらったり戦闘機とか見られるのかなって」


意外と前向きに興味があるらしい。ミリタリーオタクとも思えないので、南さんが引率なら自分の補佐役の橘さんにもぜひ、見せておきたかったんだろうという心理が垣間見える。


その他、外交・情報局からもほぼほぼランダムに参加。特殊部隊はたぶん、幹部クラスは強制参加。あとは有志か、司さん、御岳さん、浅井さんの姿もあった。


「参加人数、多くないか」

「大手の企業ならこれくらいだって。定員100人ってあったもんね」


学校のクラスが3,4つつくれてしまう。


「初日は説明や基礎訓練を軽く受けてもらうだけだから、あまり気張らなくても大丈夫だぞ、近江くん」

「その基礎訓練にすらオレ、ついていく自信がないんですが」


と言ったものの、演習場に向かう前にしたことは迷彩服の着方を教わったり、休め気をつけ敬礼に行進など小学生でもできるレベルのものだった。

演習場でも、テントの設営だとか暗視スコープをつける体験。


「すっげー。なんか映画みたい!」

「お前も来てたの」

「先輩! オレたちのところ定員ぶっちぎりで希望者殺到してました!」


一木も来ていた。


「中二病の対象はゲームだけかと思ったら、ミリタリー系もいけるんだな」

「違いますよ。ゲームの中でもこういうのかっこよく出てくるでしょ!? 乱射体験とかないのかな!」


あるわけないだろそんな危険な体験。せめて射撃演習の体験とか言ってくれ。


「特殊部隊の人達は、あんまりテンション上がってないですね」

「まぁ、銃も暗視スコープも標準装備だからな。自衛隊ほど礼は厳しくないけど」


そうだな、戦闘系っていう意味では共通項もあるんだよな。

天使襲来後、省庁再編がされたが、自衛隊は「縮小」だった。なぜって自衛隊自体が専守防衛と言いつつ、海外に派遣されることも多かったからだ。

あまり興味がないと軍隊と一緒にしてしまいそうだが、海外での基本はサポート。これくらいは誰でも知っているだろう。

しかし、この違いが海外での「敵勢力」にわかるはずもなく結局戦闘になってたりで、それを画面越しに見ていたオレたちのイメージもはっきりいって、あやふやだ。


「確かに、特殊部隊と自衛隊の基本理念は似ているかもな」


南さんが、演習場に用意された戦車の装甲を拳で叩きながら言った。

勝手知ったるなんとやらで、案内役の自衛官もついているが、どうも南さんの方がもともと上官であったらしく、大人しい。


「新兵にまず行う教育とは何か。『日本は守る価値のある国である』このことを教えるんだ」

「あーなんか俺たちもそう言えばそんなこと教えられたかも」

「というかそういう目的でできた部隊だし、改めて価値とか考えなくても分かる、って感じだったよな」


特殊部隊からの有志組がうんうんと納得している。天使が現れる前はそんな価値は、この国にいても教えられることはなかった。けれど世界が壊滅的なダメージを食らったその時に、多くの人がそれを知った。


それ以前に守られる価値があったから、ある意味神魔からも守られているんだろうが。


ともかく、一番近くにいる人間がそれを知らないというのは、自滅の道を進むようなものだと今にすれば思う。


「自衛隊とは何か。警察や消防士も自衛隊と近しい職業ではある」


教官よろしく、南さんが全員の前に立って説明を続ける。教官姿が妙に板についている。

南さんの声は大きく、よくとおるし、みんなが静かになるくらいの揺らぎのなさを持っている。さすが元自衛官だ。

こんな時は後ろの方はざわざわして聞いてない参加者も多いが、今日は全員聞いてる感半端ない。


「大きな違いは、危険な場面で警察と消防は『危ない下がれ』となる。自衛隊は『危ない、前へ』」

「……」


わかりやすすぎて目から鱗だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る