ペーパードライバーの試練(2)

「バックして、安全な方に戻ろう」


司さんにまで安全な方とか言われてるよ。でも川に近づきすぎるのは本当に危険だからオレもそうしたい。


「バック……」

「シフトチェンジ先にしてくれ」


ここで後ろを見ながらアクセルを踏み込んだら、間違いなく目の前の大河にダイブする。後ろを先に確認したオレに、司さんの冷静な声。

わかってはいるけど、オレ自身も自分が信用できない。


「秋葉は慎重だから、もう少し気を楽にすればちゃんと運転できる」

「確かに、できるようになったら安全運転タイプだよね」

「二人とも……」

「できるようになったら」

「……忍はそこ、強調しなおさなくていいから」


しかし他意はないのだろう。素直な励ましのようだったので、スタート地点近くの広い場所で何度かいろんなパターンで運転をしてみる。


「安定してきたな」

「大丈夫だよ。最終試験で一時停止をはみ出し一発不合格になった私が言う」

「全然説得力ないよ! ってかお前一発不合格だったの? すっごい意外なんだけど!」

「運転は一番うまかった、と教官に残念がられた逸材だ」


……なんからしいといえばらしいエピソードなんだけどな。無視したんじゃなくてはみ出した程度だったんだろうし。


「一時停止は一発アウトなんだって。だから警察が張ってるところでやるとはみ出しただけでも捕まるよ」

「そうなの? みんなはみ出してないか?」

「停止線が手前すぎて左右が見えないんだよ。二次停止ラインも設けてそっちを基準にしてほしい」


なるほどな、見えないから見えるところまで徐行で出ると「一時停止無視」になるわけか。……めちゃくちゃ不条理じゃないか、それ。


「本当に無視する奴は無視するから、十字路で相手側に一時停止がついていた場合はこっちも気を付けた方がいいぞ」

「今のオレには高度すぎる話です」


とはいえ、河川敷で車を何度も回したり、走ったりするのは楽しくなってきた。広い道ならふつうにいけそうだ。

川にも近づかないし、雑談ができる余裕もできる。


「AT(オートマ)車は楽だよね」

「融通が利くのはMT(マニュアル)だけどな」

「オレ一応、マニュアル免許なんですけど、そんなに違いますか?」

「坂道でエンジンブレーキかかるタイミングとかオートマの方が遅くない?」

「そうだなマニュアルは切り替えた瞬間にブレーキが効く感じはする」


……たぶん、その使い方、知らない人の方が多い。


「街中では関係ない話。路面凍結してるようなとこ行ったときに、下り坂で安心だよ」

「オレ、そんな降雪地帯行く予定ないから」

「そうだな、俺もない」


じゃあなぜ今の話題がナチュラルに交わされたのか。


「司さんはすごく安全運転な感じが分かるけど、忍はなんか、危険なところで危険なことしてそう」

「しないよ。なぜかATでエンスト起こしたことあるけど」

「ミラクルだろ。どうやったらATでエンスト起こるんだよ」


エンストとはエンジンストップ……マニュアル車の場合は、クラッチを踏みそびれることで容易に起こる教習所内では、初心者あるあるだ。が、そこはオートなだけあって、ふつう勝手にエンジンが止まったりはしない。

というか、エンスト起こしてる車、今時見たことない。


「それがわからないのでどういうことかと」


悩まないでくれる?


「しかも結構急な下り坂で、エンストに気付かなかった私はブレーキを踏み込んでしまい……」

「? ブレーキ踏むとどうかなるの?」

「ロックがかかる」


……エンジンが止まり、ブレーキのロックがかかる。そして、急な下り坂。


「お前、大丈夫だったの!?」

「スピードはどんどん上がるわブレーキ効かないわ、今思うと映画のワンシーンみたいだよね」

「忍、それは俺も気になる。その先はどうなっていたんだ」

「坂の先は信号のあるT字路で、正面はブロック塀」

「……司さん、結末じゃなくて状況から聞くところがさすがですよね」


というか、ブレーキが効かなくて加速してT字路でブロック塀って……


「信号が赤だろうが青だろうが大事故じゃないか……よく生きてたな……」

「それが脇に細い農道をみつけ……うまく入れたから、そのまま自然停止した」


ある意味ミラクルだよ。

というか、ふつうパニックになってとっさに脇道とか入れないだろ。こいつ、安全運転なのに修羅場くぐってるのはどういうことなんだ。


「そしたらその次の週に別の人が同じ状況になったらしいんだけど、私から話聞いてたから同じように止まれたって」

「うん……良かったな。大事故どころか無傷で済んで」

「でね、そんなこと言ってるうちに、秋葉、前に何かあるよ」

「!?」


気づいた。道のど真ん中に何かある。

ブレーキを踏むが遅かった。


ドン。と鈍い音を立ててオレはそれにぶつかった。

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