5.ペーパードライバーの試練(1)
必要上の問題だった。
なんか最近、やたらと事件が増えてきて緊急時のために車の運転くらいできるようにしておけ。と非情にも局長こと和さんからお達しが下った。
それはオレだけでなく、知らない間に緊急出動要員の1号とか2号とかに組み込まれていた外交部、下っ端全員にである。
……上司を通してじゃなくていきなりのりこんできて勢いだけで言われたので、みんな「はい」としか言えなかった。
中には免許をもっていない奴もいると思うんだが。オレは幸いと言っていいのか不幸と言っていいのか、免許だけは持っている。
「緊急時って、なんだろうね」
「ふつうに天使がらみだろ? 呼ばれた面子がそんな感じだったし」
「そんな緊急時は、車両通行止めか道路が破壊されてて普通の車使えなくなる気がするけど」
もっともだ。
しかし、局長命令は絶対。それは服従というより、逆らったらろくでもないことが起こるという意味が大きい。
「忍も司さんも免許持ちなんだよな。司さんはともかく、お前の運転レベルってどれくらいなの?」
「ナビは都内なら欲しい。あとはいらない」
「それ運転レベルが全然見えてこないから」
と言いながらも今日のオレのテンションは少し低い。つっこみのテンションも低めだ。
気が重いのもあるが、それどころではない。
「秋葉、サイドブレーキ」
「あ、すみません」
そんなこんなで司さんに実地教習をお願いした次第。
東京は広い河川敷が多く、道も平坦なため周りに迷惑かけずに練習できるのはありがたい。
ちなみに車は、友人から借りた。
サイドブレーキを解除してから、アクセルを踏み込む。加減が分からず、がくんと車体が揺れた。
「……」
「ペーパードライバーあるあるだから、大丈夫だよ」
「うん、ありがとな」
この微調整から覚えていかなければならないのか。相当気を使って踏んだつもりだったが、これで強いのか。
免許取れた時の方がスムーズにできてたよな。たぶん。
都内は海が近く大きな川が多いので、河川敷もそれなりに広く、整備されている場所だと地味に走れる距離も長い。幸い、直進に関しては勘を取り戻すまで時間はかからなかった。
というか、オートマ車なのではっきりいって勝手にシフトは変わってくれる。アクセルの踏み込み方以外は、勘も何も必要ない。
実際、アクセルよりブレーキの方が踏み込み加減がつかめず、スムーズに、というのがなかなか……
「じゃあ次は転回の練習するか」
「面白そうだと思って来てみたけど、すごく地道な作業だね」
「面白くないの。こっちは切実なの」
都内在住……とくに山手線やそれに近接する路線の駅が近いと、逆に車は持っていない人も多い。司さんと忍も例にもれず、だ。
ただし、司さんは仕事柄必要なこともありしっかり運転できる。教習も丁寧そうだからお願いする相手としては安心だ。
「秋葉、あの木の手前で一度停車して」
「はい」
「慣れてないならこの辺から徐行した方がいいぞ」
「はい」
距離感がいまいちつかめないんだよな。けっこうスピード出てたってことか。
オレはブレーキを踏んだ。……つもりだった。
「!!?」
「秋葉! それアクセル! ブレーキ隣!!」
「わかってる!!!」
予想に反してグン、とスピードが上がったので一瞬パニックに陥ったオレ。すぐにブレーキに踏み変えられない。
後部座席の忍に言われてやっと固まってしまった足が動いた。
「……なんてお約束な……」
「オレもびっくりだよ……」
「あと3メートル行ってたら、川に落ちてたぞ……」
すっごいみんなでドキドキしてしまっている。
車って怖いな。すぐにアクセルから足離せなかったのは慣れの問題だろうけど……数秒でもう十メートルは走っている。
と、いうことは目の前に見えている川まであと1秒くらいでダイブの可能性があったわけで。
「車って怖い……!」
「いまさら何言ってるんだ。司くん、私、帰っていい?」
「お前が帰るとかどれだけ危機的なんだよ。オレの運転そんなに壊滅的か!?」
「今のは危なかった。全員落ちるところだった」
とさすがに黙っていられないオレたちの横で司さんも若干顔色を悪くしている。……ごめんなさい。
「まぁ、事故は大体そういうあるあるで起きるから……」
「ないよ! アクセルとブレーキ踏み間違えるとかどうやったらできるの!? それ、ご高齢者専用のスキルでしょう?」
「いや、ぼーっとしてればあるだろう」
「今の秋葉は全然ぼーっとしてなかった」
その通りだが、珍しく忍が危機感をもってつっこんでいるのがすごく気になる。
「お前絶叫マシンとかこの間のダンタリオンのとこの追いかけっことか全然平気だろ。オレの運転、それより怖いの?」
「あっちはハーネスとか安全性が確保されてるから、怖くない」
いや、追いかけっこの時はハーネスも何もなかったよね。屋根から自由落下してたよね。争奪ゲームだけあって誰かが絶対かっさらうことは前提だけども。
「司くんもなんとか言ってください」
「俺が悪かった。止まれると思ってたんだ。もっと安全なところを目安にする」
司さん、本気で自分を反省してますけど、それオレが想定外なことしでかしたってことですよね。こちらを責めてくれた方がマシだ。胸が痛む。
「さすがの司くんもちょっとドキドキしている」
「わかるけど。オレにはそれに同意する資格は今はないんだ。運転に集中させてくれ」
「秋葉、教習車と違って、助手席にブレーキないことを忘れないで」
そうだった。教習所の車には教官のいる助手席にもブレーキがついていて、危ない時は止めてくれる。
しかし、今はふつうにふつうの車。オレがミスったら、司さんがそれを止める手立てはない。
今更ながら、この一蓮托生の危機感は半端ない。
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