特殊部隊親睦会(後編)
「……」
返した後、わざと遅れて前に走りこむ司。御岳の能力ハンデはスピード強化については若干の減。こちらはスコア的なハンデはあるが、スピード減少のハンデは受けていない。
このタイムラグを利用して御岳がどちらに振るのかを見極めたのち、前衛相手に持ち込む作戦。
シングルだと抜かされれば終わりだが、振り回されるのはもはや意地でも避けたい。
「おっ?」
司のいる方向とは真逆に放った御岳の返しは、それまでよりずっと浅いゾーンから更に返されることになる。
「短距離に切り替えたか。しかし……甘いな」
無言で打ち返すこと数度。御岳はまだ体力的にも消耗はないようだ。何度か受けると攻撃力の制限を受けているため、球威はあるが純粋なスキルから来るものと理解できる。つまり。
「センスは認める。だがオレのスキルは敗れまい!?」
御岳も振り回されることを敬遠してか、浅い位置まで来てラリーが始まったので、場内は妙な盛り上がりを見せ始めていた。
御岳は言いながら、時折、強打と見せかけてネット下に落とすような、酷く弱い返しも織り交ぜ始める。
もちろん、前衛に入っているので、司がそれを拾うことは可能だ。
すると、直後に素早くテイクバックをかけて余裕ながらも渾身の一撃を返してよこす。
司はその隙を見逃さなかった。
ヒュッ! ズバン!!!
ネットよりやや高めの、野球でいうならライナーに近い鋭いボール。
それを待っていたかのように、司は至近距離で叩きつけるように上段からラケットを振り下ろす。
防戦に徹していたかのような司の、
殺しにかかるような容赦ない勢いのスマッシュが決まっていた。
しーん。
あまりの突然の出来事に、場内は一瞬にして、静まり返っている。
「お、お前なー! 殺す気か!!」
「そのつもりで返した。経験がないから」
「取ってつけたような言い方やめろ! お前の受け方は未経験者じゃない」
そういえば。
強打と見せかけてすぐ下に落としてくる今の落とされ方、あるいはその逆。
それは、森とバトミントンなどで遊んでいると、ものすごくよくやってくるフェイクだ。
ちなみに忍が加わると相手が二人(同時)になるが、二人ともそれを織り交ぜた上で、素人女子にあるまじき躊躇のなさでスマッシュを放ってくるため、気は抜けない。
「……」
ある意味、経験者だった。
「いや、スマッシュは狙いどころだろう。前に出ればそれだけ範囲が狭くなるし、一撃にかけられる」
「何をかけてるんだお前は!」
「再起不能にしたらそこでゲーム、終わるんだろ?」
……恐ろしい奴。
真顔で返した司に、さすがの御岳の顔からも色が引く。
「くっそースマッシュはもうさせないからな」
と、いいながらもやはり癖がある。
隙というのは調子に乗れば必ず出るものだし、御岳の場合は優位に立たせておくことで絶対にその時が来る。
強化のハンデがある分、冷静になれば球には追いつけるし、あとは体力の問題だ。
よほどこちらが打ち損じなければ、ゲームは簡単には終わらないだろう。
それか、強化を解除されている御岳の側の持久力が尽きて終わる。
地味に勝利が見えはじめていた。
「あー司さん、久々に本気モード」
「いや、本気って言うかアレだよな。シミュレータの時によくあった」
「だから、遊びが本気モード」
こうなると、御岳に勝機がないのはもう同期の誰もが読めていることで。
「あいつも口数減らして真面目にやれば勝てると思うんだけどな……」
「無理でしょう」
誰かが橘のため息に乗っかるようにため息をついている。
もはやこうなるとテニスのスキルが云々というゲームではない。
「知ってました? このトーナメント、希望出してきたの隼人さんなんですよ」
また裏で小細工をしていたことは、司には聞こえないように話している同期たち。
「司さんがあらかたのスポーツ未経験なのオレたちも知ってるし、この段階で落とすとほら」
そう、下位トーナメント行きなのだ。
ハンデを背負っていれば罰ゲームの可能性も多分にある。そんな危険な対戦でもある。
「それくらいは司も気づいてると思うけどな」
「気づいてるから、たぶん、ここから本気だと思いますよ」
未経験者の本気とは。
ふたたび黄色い声援が、ギャラリーから聞こえてくる。
奢れるものも久しからず。
勝負は冷静になれなかったものの負け。
今年の罰ゲームは、一体誰なのだろうと思いつつ。
橘と浅井は、トーナメントが別で良かった、などと隣のコートからその様子を眺めるのだった。
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