オロバスの日本観光(2)ー東京タワーは魔王城

「アガレスさん、使い方は」

「知っとるぞ。アスタロトはそつがないからのう」


……そうか、前回アスタロトさんと行動していたんだっけ。あのヒトはふつうに街に溶け込んでいるから誰にも迷惑かけないでさりげなく何事もないように、ICカードを使いこなしている姿しか思い浮かばない。


山手線乗車。


「駅ごとに音楽が違う!」

「……文化圏の違うヒトと一緒に行動すると、普段気にしてないことに気づけるから好きだ」

「真顔で言わないでくれる? 一応引率だからな?」


魔界には電車自体がないから、初めて乗ったオロバスさんは……


「景色が流れていくのが早い― アガレス様の亀とどっちが早いですかね!?」


子供のごとく。ていうか、亀が山手線より早いってどういうことだよ。


「ワニじゃなかったでしたっけ?」

「ふむ。わしの乗り物は亀でありワニであり……ささいな違いにすぎぬのう」


けっこうでかい違いだよ。

しかし、両膝を椅子について窓を見るオロバスさん……神魔だから、周りは人間の子供がそれをするより微笑ましく眺めているのが救いだ、に対してさすがにアガレスさんは落ち着いている。


平日の出勤時間もとっくにすぎたこの時間。車内はそれなりに空いている。


「この分だと、どこに行って何しても新鮮そうだなー」

「アガレスさんは? どこか行きたいとこあります?」

「オロバスが面白いから、ついていくぞい。行ったことがある場所は教えるからの」


ひげを撫でながらそう笑っている。


「そういえば、わしの予見は当たったかの?」

「へ? ……予見?……てなんでしたっけ」


オロバスさんは車窓を流れる風景にくぎったけだ。確かにある意味、これも観光だよな。異国の風景がどんどん流れるとか、意識したことないけど海外行ってセスナに乗って見たことない風景見てるのと同じだよな。


忍ではないが、実は毎日すごいものに乗っているのだと気づく。


「雨は降ったかの?」

「あーあの晴れのち豪雨とかいう……」


アガレスさんは時間見ができるというが、時間見というより天気予報だった。そしてオレは割とすぐに、ゲリラ豪雨にあった。


「当たりましたよ。傘忘れたけど」

「ふむ、そうか。傘はいらんと思ったが」

「傘があっても避けられないくらいの豪雨だったから、そうかも」


そしてふとオレは気づいた。


「ん? ……それって、アガレスさんじゃなくてウァサーゴさんが見たオレの未来とかじゃないでしたっけ」


アスタロトさんと初めて会った事件。人間が、偶発的に悪魔を召喚し、利用されていたのがウァサーゴさんだった。そして、制約が外れた状態で、オレを見たのもそのヒトのはずで……


「秋葉、それ、アガレスさんだよ」

「えぇ!?」


オロバスさんはともかく、オレが大声をあげるとさすがに驚いたように視線が集まってしまった。驚いたのはこっちだけど。


「ハルファスとマルファスの話は前に聞いたでしょ? ウァサーゴさんもアガレスさんっていう説はちゃんとある。今アガレスさんが自分で自分の予見はって言ったから間違いないんじゃ?」

「ふふーん、その通りじゃ。力を抑えた分、姿や能力は劣るがあれはわしじゃ」


いや、わしじゃ。じゃなくて。


「何で言ってくれなかったんですか……」

「いう必要がなかったからかのう」

「忍、知ってた?」

「あの時は知らなかった。あとで関係性を知って、今ので確定」

「あの! あそこにみえる赤い塔ってなんですか? 誰か魔王の方でも住んでらっしゃるんですか!?」


……オロバスさん、それは東京タワーと言ってだな。魔王は住んでない。


「あれは東京タワー。電波塔です。スカイツリーができたから観光誌はそっちばっかりだけど、今でも東京のシンボルって言われてます」

「そうなんですか。夜になると赤く光っててどこからでも見えるあれですよね?」

「そうですね」


確かに魔界の、それもなんか純粋な現地民のヒトの感覚はこっちの方が軽くカルチャーショックだ。


「夜になると光るのは、魔王が夜な夜な儀式を行っているからだと……」


カルチャーショックすぎるだろ。


「それ、オロバスさんの想像ですか。誰かに教わりましたか」

「ダンタリオンだろ。あいつ、ろくなこと教えてねーな」

「ほっほっほ。ほんとにのう」


違った。これ多分、アガレスさんだ。

そんなことをしているうちに、上野に着いた。

なんとなく公園口に向かう。そっちには博物館や美術館、動物園などいろいろな趣味に合いそうな施設が揃っている。


……アスタロトさんはアガレスさんを割と庶民的なところに連れて行ったみたいだから、逆にこういうところは来ていないだろう。


「秋葉、どこに連れてく気?」

「え、ここら辺の施設じゃダメか?」

「いや、魔界のヒトの方が技術も知識も上だから、今更博物館はないのではと思っただけ」

「……早く言ってくれ」


そうだ。見る人が見れば丸一日かかるという科学博物館も、ずっとハイレベルな知識を持つこのヒトたちにとっては幼稚園児の展覧会な可能性が高い。


「ぼくは構いませんよ!!」

「オロバスさん、一人称変わりました?」

「あ、すみません。普段はこっちなんです。公爵閣下の前なので私と言っていましたが。……すみません、アガレス様」

「構わぬよ? わしも今日は観光神魔じゃ」


なんておおらかなんだ。そして、オロバスさん、礼儀正しい。礼儀正しくて善良で純粋とか、泣けてくる。


「動物園は?」

「それお前が行きたいだけだろう!」

「人間界の動物があつまってるんですよね! 見たいです!」


ほら見ろという視線が忍から返ってきた。確かに、魔界にいない生物の展示という意味では価値がある。しかしこれ、お前と異界のオロバスさんの興味レベルが同じくらいってことだからな。


「チケット買ってくる」

「オレ、飲み物」


二人を待たせておく。その間にふたたびオロバスさんからの質問事項が増えていた。


「あの建物行ってみたら、トイレなんですね!蓋が自動開閉するの!!」

「たかだかトイレにここまでこだわりを持つのは日本人くらいじゃのう。アメージングじゃ」


……魔界にトイレがあるのかどうかが謎だよ、オレは。


「二人の反応が、有名な外国人の驚いたことベスト20みたいになっている」

「うん、まぁ異国の人だからな。でもトイレの技術とか科学系だから、驚くことじゃないんじゃないの?」


ツッコミどころは多い。

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