オロバスの日本観光(3)ー異文化アメイジング

「水もきれいなのすごい!」

「魔界の水は下手をすると腐っているからのう。新鮮な湧出口から湧いているのに腐っている……不思議な現象じゃ」

「それは人間界にはない現象なので、魔界のヒトで解明してください」


日本は水がきれいだというが、蛇口をひねれば飲める水が出てくるなんて、珍しいことだってそういえば聞いたことがあるな。

忍じゃないけど、改めて日本環境良すぎだろうと気づかされる。


「ぼく、のどか湧いたのであそこの水飲んできます」

「ダメダメダメダメ! あれは池だよ! たぶん循環してる奴だよ!」


上野公園、動物園に至る道には大きな噴水の池がある。

馬面だから失礼ながら顔を突っ込んでいても違和感はないだろうが、ふつうに人間は飲まない。


「そうなんですか? 魔界の水よりすごくきれいに見えるけど」

「……魔界の水場、みたことないからよくわからない」


こんな調子でずっとアメイジングだ。動物園は……殊の外盛り上がった。二人とも、みたことがない生き物……しかもスケールが小さいのが逆に良かったらしい。


「かわいいなぁ。あんなに小さい猫がぐるぐるまわってて」

「オロバスさん、それ、虎」

「オロバスはリスなんぞ見た日には、驚くじゃろうな。手のひらどころか大抵の悪魔の指の先サイズじゃからのう」


……日本に来ている神魔は割と人間サイズかちょっと大きいくらいだけど、魔界ではそうじゃないヒトの方が多いっぽい現実をかいまみる。

そうか、来日していたのはあらゆる意味でまだ人間寄りなヒトたちだったのか。


「ハシビロコウってさ、動かない鳥って話題になったけどいつになったら動くんだろうね」

「お前はそこであれが動くまで見てる気なの? ダメだぞ。今日は案内係なんだからな」


ハシビロコウの展示の前の手すりに両肘を乗せて、観察モードに入っている忍をひっぱって順路に戻す。


「アイスコーヒーが飲みたいのう。買ってきてもいいかの?」

「あ、オレ行きますよ」

「アガレスさん、コーヒー派なんですか? 魔界のヒトってあんまりコーヒー飲んでるイメージなかった」

「日本の食べ物は大体美味じゃが、コーヒーを冷製にして飲むという習慣がまずないのじゃ」


海外トリビアみたいになっている。


「わ。ほんとだ。おいしい。魔界に帰ったら、コキュートスの氷でコーヒーを冷やしてみようかな」

「コキュートスって何?」

「物の本によっては魔王ルシファーが氷漬けになってる地獄の最下層って読んだことある」

「……やめてください。色々な意味で」


ダンタリオンやらアスタロトさんからそんな話は聞いたこともないので、それ、絶対やっちゃいけないやつかやっても全然おいしくないやつだぞ。


「日本って本当にすごいですよね! 殺人事件の発生率も脅威的に低いし!」

「……それ、魔界に比べてってことですか? なんでここで殺人事件の発生率の話が出てくるんです?」


物騒だが、魔界ではあるあるな日常単語なんだろう。ツッコみ疲れてくるオレがいる。


「下のふれあいコーナー行きたい」

「そこはふつうにふつうのヤギとか羊とかがいるだけだろ。お子様ゾーンだろ」

「触れるんですか!!?」

「触れるんですよ!!!」

「煽るな」


お子様が一人増えた。

敷地が広いのでここだけで一日終わってしまいそうだから、うまいこと魔界からはほど遠そうなゾーンだけ通って、下の段へ降りる。

上野動物園は、丘の上と下、といったような作りになっていて下段をみすごす大人は多い。というかオレも全然覚えがない。


「あの池の鳥はなかなか良い形をしている」

「あぁ、ここは恩賜公園の一部で、不忍池(しのばずのいけ)って呼ばれてます」

「恩賜ということは、陛下から賜ったということですか! すごいですね」

「?」


全然言われたことが分からない。オレはつい忍を見たが……


「地名としてしか見てなかったからなー」


初めての疑問の様子。すぐに私物のデバイスを取り出して検索している。


「『宮内庁が管理していた皇室の御料地を、公に譲渡した土地』」

「ひょっとして、上野だけじゃなくて他にもある?」

「浜離宮とか、井の頭とか」


めちゃくちゃ有名スポットばっかりだ。ここ、御料地だったのか。途端になんかすごいものに見えてきた。


「さすが悪魔のヒトは教養力も違う」

「うん、オレ目から鱗だよ」


異文化のヒトと歩くっていうのはすごい発見があるんだな。忍の言ってたことがわかってきた。が。


「すごいのう。日本人は遊牧民の系譜ではないと思うておったが、羊使いの能力もあったとは」

「違います。あれは忍が羊のツボをついただけです。ふつうはあんなふうになりません」


ふれあいコーナーで、ひたすら羊をガシガシしている忍。手を離すと羊の体が、傾いて、ぶっ倒れそうになる。気持ちいいらしく、離れると着いてくる始末。


「スタッフの方ですか?」

「……違います」


仕方ないので、オロバスさんの気が済むまで待つ間、ずっと忍は羊をもふもふしている。その尋常ではないっプリに、一般客から声をかけられている。


「羊の毛って意外と表面ゴワゴワしてるんだよね。あと、なんかべたべたしてきた」

「ふつうそこまで触らないの。お前がやってるのそれマッサージだから」


撫でるとかいうレベルではなく、羊毛の中に手を突っ込んでぐいぐいと動かしている。羊の毛は分厚いので、表面を撫でるだけでは皮膚までたどり着けないのだという事実をオレは知った。


……異教のヒトじゃなくても、ここにいる人間と一緒に行動するとすごい変な発見するんですけど。


それからいつのまにやら整備された南国の森風の建物内で珍しい動物を見て、水棲生物を見て、公園脱出。


「もう昼だぞ」

「池の方に行きたい」

「お前の行きたいところに行く趣向なの?」


と言っても、アガレスさんも前回はここには来なかったとのことなので、不忍池の方へ降りてみる。


「ほら、桜満開ー!」

「あー、これ見たかったのな。きれいだよな」

「なんですか!? この花!」


さすがに魔界に桜はないか。それ以前に、日本の桜は海外でも稀だから、ここはふつうに春なら見どころだ。


「桜と言って、日本を象徴するような花ですね」

「すごいのう。魔界の空は暗いから、こんな風景はみられないのう」


目を細めてアガレスさんもそれを見上げている。

満開と言ってももう散り始めている。だいぶ前はこうなるとブルーシートが桜の下を占拠していたが、ウィルス性のパンデミックが世界規模で起こってから、それらは消えた。

皮肉だが、こっちの方が景観としてはきれいだ。


「空の青さが目に染みるのう」

「……大丈夫ですか」


ふつうにお年寄りが目をやられそうなので、心配になるオレ。


「桜は散り始めが美しいよね」


風が吹いてはらはらと花びらを運んできた。

ふふ、とそれを見て忍は笑う。……どこか悪魔的な笑みに見えるのは、オレが魔界のあれやこれやと接触しすぎだからだろうか。

なんか、知ってる誰かを思い出しそうになる瞬間だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る