オロバスの日本観光(4)ー最高速度320km/h

「オロバスさん、散って来る桜の花びらキャッチできると幸せになれるって言われてるんですよ」

「ホントですか! やってみていいですか!」

「やるべし」


テンションが上がってきている。

はらはらと舞い落ちる桜の花びら。さすがに本気になって同じことはできないが、近くに落ちてきたそれを手に取ろうとすると、不思議とするりと抜けて行ってしまう。

……意外に難しい。


「楽しそうじゃのう。わしもやっていいかの」

「いいと思いますよ」


するとアガレスさんは


「ほあおぅっ!!!!」


老人にあるまじき素早さで参戦を始めた。


……見た目と口調だけだな、あの老人イメージ。


まぁウァサーゴさんと同一人物だというなら、見た目の年とか悪魔にはあんまり関係ないんだろう。と、目の前で展開されている違和感を見なかったことにする。


「はー楽しかったです」

「さすが悪魔のヒトは動きが違う」

「亀の甲より年の劫じゃ」


ひとしきり満足したところで神社の境内を通って、階段を下りて、出店で売ってるものを適当に買って、池を眺めながら休憩。


「なんですかこれ!? たこ焼きって!!」

「デビルフィッシュじゃのう。悪魔が悪魔の魚を食べるというのもまた、オツじゃ」


とりあえず、なんか言ってるアガレスさんは、ほっといても平気っぽいので、オロバスさんにひとつひとつ解説することに専念する。本当に子供みたいだよな、このヒトは。


「秋葉、あれ何?」

「どれ?」

「そこの池の端っこに引っかかってる水草」

「………………………知るわけないだろ」


違う意味で忍も3歳時くらいの疑問を放ってくるわけだが、こっちも放っておく。


「花咲いてるよ? 水草に花とか……秋葉、アプリ貸して」

「なんのだよ」

「iPhomeじゃないと使えないのがあるんだ。カメラ向けるだけで花の名前教えてくれるやつ」

「インストールからしなきゃだろ。ダメ」


忍のデバイスはiPhomeではないので導入できないらしい。


「オレのスマホにそんなの入ってるの見られたら恥ずかしいわ」

「なんで恥ずかしいの。植物図鑑持ち歩いてるようなものじゃない」

「絶対、花関係のアイコンでそういう名前だろ。使わないのにファンシーなのとか嫌だ」


たこやきをもぐもぐしつつ、微笑ましそうなアガレスさん。


「ほっほ、仲がいいことじゃ」

「仲がよかったら、アプリの一つくらい貸してくれてます」


インストールされてもいないアプリとか貸せないよ。


「じゃあ忍のスマホ貸してくれる?」

「いいけど、使い方わかる?」


………………………………お前、何のアプリ入れてんの?


「あはは、あ、こども」


なんだかんだ言って昼とっくに過ぎたから、帰るところかな。小学生くらいの子がずっと向こうの道路を歩いている。


「あんなちっちゃい子が一人で歩いてるとかすごいですよね!」

「……ちっちゃいって言っても、7歳くらいか?」

「だって魔界だったら食べられちゃいますよ!?」


なんで目を輝かせて興奮してるんですか、オロバスさん。


「うん、もともと日本は治安のいい国だって言われてるから……」

「オロバスさんも食べるんですか、人間」


なんてこと聞くんだ、忍!!!


「ぼくは食べないけど……人によりますよね? アガレス様」

「そうじゃのう。嗜好品はそれぞれじゃ」


待って。人間嗜好品言わないで。

オレの顔色が悪くなったのを見て、アガレスさんは笑っている。あぁ、これわざとだな。

さすが、ウソつき爺だけあって、言葉の使い方も選択幅がある。


「お主はダンタリオンの悪魔としての姿も見ているのだろう?」

「? いつものじゃなく?」

「天使狩りの時に会ったときいておるが」


言葉がだんだんくだけてきているアガレスさん。その方が話しやすいのでオレも助かるが……


「悪魔としての姿ってなんですか」

「巨大な蝙蝠の羽根に、歪んだ角。裂けたような口角。いかにも悪魔であったろう。天使はまずいと聞いておったが、同じように人間を引きちぎって食うのがうまいらしいのう」

「!!?」

「アガレスさん、それふつうにわかりやすいです。というか、公爵は大体、悪魔の姿といえば悪魔です。性格上」

「やはり捻りが足りんかったか」


ウソだった。

ふつうに考えればあのダンタリオンがそんなグロテスクなもの食ってると思えないよな。けっこう味にうるさいし。


「日本は地震も多いんですよね。アガレス様が起こしてるんですか?」

「それは知らんぞ。冤罪じゃ」


本当か。

オオカミ少年は、本当に狼が来た時、誰にも信じてもらえなくなるんだぞ。しかし、アガレスさんは観光神魔であって、そんな言い伝えは微塵もないので、オロバスさんの純粋ゆえの質問と、その正しい回答だろう。


「あっ! あれも不思議です!」

「どれ?」

「あれ!」


その視線の先にはスーツ姿の男性が、スマホを片手に通話していた。


「……? ふつうに電話してるけど……」

「なんで通信機越しに頭下げるんですか? 相手にも見えてるんですか!?」

「日本人には透視能力もあるんじゃ」


ないよ!!


「あー外国人の疑問あるあるだね。うなづいたりとかも」

「何でかはオレも知りませんが、頭を下げたくなります」


オレの率直な回答。


「日本人だから」

「そうなんだー 日本人て、そういう種族なんですね」


どういう種族なのかは、オレも知らない。


その後に出てきた疑問を列挙してしまえば「自販機が多い」「エスカレーターで決まりもないのにみんな片方開けている」「雨でもないのに傘をさしている」「店員が一斉にいらっしゃいませという」etcetc……


全部、当たり前だと思っていたことばかりだ。


「あと、さっき駅で見たマップがダンジョンでしたけど、何か出るんですか!!?」


アメイジングな質問来た。


「さすが魔界のヒトならではの疑問だ。おもしろおかしすぎる」

「いや、ふつうに答えてあげてくれる? 純粋な疑問だから」

「ここ東京の巨大なターミナル駅では、十数分単位で新幹線という最高速度でぶち当たったら神魔でも即死レベルかもしれない物体が多数行きかいます」

「えぇーーーーー!!!魔界より怖くないですか!!?」

「間違ってないけども!! 言い方!!」


乗り物だよ、ぶち当たるところに普通入らないよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る