オロバスの日本観光(5)ー桜

「ほう? ではお主ならなんと説明するんじゃ?」

「アガレスさん……それ、知ってるのになんか説明させようとしてませんか」

「オロバスよ、この都内には人間世界で屈指の地下ダンジョンは数か所あるのじゃぞ」

「さ、最下層にはやっぱり魔王様か何かが……?」

「いません! 電車が行きかってるだけです。ただの乗り物です!」


言い方ひとつでなんて恐ろしい世界になるんだ。この人たちに説明任せてたら、オロバスさんにとって、人間界が魔界以上に恐ろしい世界になってしまう。


「乗り物に最高速度で当たられると、即死……ドラゴンよりもすごくないですか!」

「…………………………そうだな、そう言われるとドラゴンと正面からぶつかったら跳ね飛ばせるかもしれない。大きさによるけど」


想像してみたら、割と凄い代物だった。

というか、魔界ではドラゴンが乗り物になったりするんだな。わかりやすい例えだ。


「跳ね飛ばせるって言うか脱線したらアウトだからいいところ相打ちでは?」

「アスタロト公爵のところで騎竜飼われてるんですよね、あとで聞いてみます!」

「「やめましょう、オロバスさん」」


さすがの忍もハモってしまう。そこで身近なヒトの名前が出てくるとさすがに肝が冷える。


「ダンタリオンとか飼ってないの?」

「聞いたことないね。……なんか生き物飼ってるイメージないし」

「そうだな、世話しないですぐ死んじゃいそうだよな」


本人が聞いたら絶対反論してくるが、世話はしないだろう。何か拾ってきたとしても、一応公爵だから、魔界には配下なんていうものがいて、そういうヒト達ががんばってする姿しか想像しかできない。


「アガレスさんの亀? ワニ? は誰が世話してるんですか」

「自給自足じゃのう。ほれ、あそこに」


嫌な予感しかしないが、反射的に指さした方を見たオレの目に映ったのは、不忍の池の割と奥の方に、何かみたことがない小島が出来ている光景だった。


ざっぱーん。とそれがしぶきをあげて潜っていった。


…………………………。


「名前はなんて言うんですか?」


忍が何も見なかったことにして、質問を続けている。表情から察するに、好奇からの質問ではない。


「名前はまだない」

「じゃあつけてあげましょうよー。今日の記念に」

「吾輩はカメである」

「違うから。そのくだりはペット側の一人称だから」


たぶん、アガレスさんはそれを狙ったのだろう。それなりの反応が返ってきて、ご満悦そうな顔と言ったらない。


「まぁお主がそういうならそれもまた一興。何がいい?」

「さくらちゃん」


……さっき桜で遊んでたからな。まぁいいんじゃないの? かわいくて。

オロバスさんがまじめに考えたようなので、同意はしないが否定もしない。


「ふむ、では今日からギガントガメーラはさくらちゃんと改名じゃ」

「……すみません、実は名前あったんですか、それともあの生き物の種名ですか」


どっちにしてもなんか、どこかの映画で聞いたような怪獣の名前が混入して聞こえたのは気のせいだろうか。カメっぽいやつだった気がする。


「わしの乗り物はさくらちゃんじゃ」

「わかりました。さくらちゃんを回収して、帰りましょう」


気づけば午後二時を回っていた。上野動物園半端ない。相当ショートカットしたのに、うろうろするだけで一日かかる。


「貴重な体験だった」

「ぼくもです!」

「異文化交流が出来て何よりだよ」


そして、帰り着く。ダンタリオン邸。


「おー、早かったな」

「一応、オレたち仕事中だから後ろの時間決まってんだ。どっかの万年自分ペースで動いてる魔界の貴族とは訳が違うんだ」

「なんだ? ひがみか? 一般庶民はその日暮らしを送るのは魔界も人間界も変わらないな。オロバス、楽しかったか?」

「はい! すっごく!」


にやにやしながらいうだけ言って、そのままオロバスさんに話題を流すダンタリオン。アガレスさんも満足そうだ。


「人間界に精通している知り合いに案内してもらうのも良いが、やはり現地人だと見えるものが違って面白いのう」

「本当に」


素直に楽しめてなかったの、オレだけなの?


「土産はないのか?」

「あー、そういや金ほとんど使わなかったな。返しとく」

「駄賃にくれてやるよ」

「お前からもらうとあとで何か言われそうで嫌だ。返す」


もらったらそりゃすごく得した感じはあるが、後が怖いのできっちり返す。みんなで使い込みしとけばよかった。


「公爵、公爵、ぼくはお土産ありますよ」

「え、いつ買ってた? ていうか買う場所寄ったっけ」

「動物園内のショップには寄ったけど大体定番……魔界のヒトには新鮮なものがあったのかな?」


忍とそんなふうに話していると、オロバスさんはごそごそとなにやら手元を漁り……


「はい! キャッチした『幸せ』のおすそわけです!」


ばぁっとそれを大きく上へ放った。


「……オロバス」

「はい?」


高い天井に届く勢いで投げられたのは無数の桜の花びら。それが、はらはらと広い室内に、まるで桜の樹から今、散ったかのようにゆっくり舞って落ちる。


部屋の中が……床がはなびらだらけになるのは時間の問題だった。


「………………………………いや、あぁ。ありがたく受け取っておく」


顔は笑っていなかったが、ダンタリオンはうれしそうに振り返ったオロバスさんを前に、それだけ言った。頭の上にも花びらを乗せたままの、その目が遠い。


オレと忍とアガレスさんは、他人事なので「きれい」としか思わなかった。思わぬサプライズだ。……部屋掃除の手間がかかるであろう、ダンタリオンはともかくとして。


「おや、きれいだね」


アスタロトさんが、戻ってきた気配を察したのか部屋へとやってきた。


「あーまぁな」

「今年は咲いてから散りだすまで早かったから、花なんて見る情緒を持たない人にとっては気づいた時には葉桜だろうね」

「情緒はともかくそうだなー」


ダンタリオンが、ようやく舞い落ちる最後の花びらを眺めながら、自分の頭にかかったそれをつまみ上げて言う。


「オレも行けばよかったかな?」


毎年咲くはずのそれは、毎年咲くからと、見に行かないまますぎることもあり。


「シノブ、そこでさりげに拾ってもう一回やろうとしないでくれるか」

「え、だってなんかもったいない」


しばらくその部屋は、桜の花びらが席巻していそうな春の一日だった。

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