3.オロバスの日本観光(1)ーお店に一人で入れません

朝一番で、魔界の大使館。


「公爵、こちらの書類はこの棚でいいんでしょうか」

「あぁ、そっちの赤いファイルは書庫の方だから、頼むな。


そして、オレは見た。魔界の大使が、観光神魔をこき使っているのを。


「って、お前何してんだぁ!! オロバスさんは観光ビザだろ!!」

「就労はさせてないぞ? また観光に来てみたらしいんだけど、途方に暮れてたからここで色々教えてやってだな」

「明らかに仕事させてたよな。事務員張りに書類整理させてたよな?」


神魔の就労は禁止されている。制約があるとはいえ、人間に比べたらいろんな面でハイスペックな神魔を雇い入れると経済バランスが狂ったり、そもそも報酬やら就労制度が人間と同じ扱いとかあり得ないので、面倒だから禁止。みたいな政府の心中はオレでも察することができる問題だ。


が、お手伝いは禁止されていないので、こういうことがたまに起こる。


「公爵の館に泊まらせていただいているんです。これくらいは当然の恩義です!」


もう、このヒトいい人すぎて、まぶしいくらいだよな。疑うことを知らないって言うか、その恩義はたぶん、仕組まれてる。


「でも途方に暮れてたってどうして? オロバスさん、お金落としたとかそういうことじゃないでしょう?」

「以前来た時にとても楽しかったから、また来てみたんですが……どこへ行って何をしたらいいものか、皆目見当がつかず……あ、今回は旅行誌も買ってみたんです」


ちょっと嬉しそうにそう言ってから、しかしなぜかしょぼーんみたいな顔になっていつのまにか両手に持っているそれに視線を落としている。


「……情報量が多すぎて、何をどうしたらいいのか逆にわからなくなったそうだ」


すっごい目に浮かびそうだわ。オロバスさん、始めは見るの楽しそうなのにだんだんどうしていいのか分からなくなって来るような姿が。


「どこから行っていいんでしょう……食べ物は美味しいけどこれだけ量があるとお店の位置もよくわからないし……」

「スタンプラリーじゃないから、全部回らなくていいんですよ」


神魔向けに飲食店ばかり掲載するその雑誌も何だが、ふつうにるる★ぶだ。


「挑戦してみたけど、店多いし、ヒト多いし、一人で入れないし」


……日本人張りのみんなで行動しないと不安型だな。

しかし、オロバスさんとは以前も一緒にでかけたことがあって、本当にいいヒトだということを知っているのでちょっとかわいそうになってくる。


「それで、公爵に相談に来てみたら仕事が終わったら案内してくれるというので……!!」


ふたたび喜怒哀楽の「喜」に表情が戻った。ぱぁぁぁと笑顔がまぶしい。ダンタリオンを見る。……仕事は終わっているように見えるが。


「……おい」


あさってむいて口笛を吹いて、明らかにごまかそうとしている。


「口笛吹いてる暇があったら案内先にしてやれよ!」

「秋葉、公爵が案内するとかオロバスさんには向いてない気がする。……公爵がうん、って言ってくれたら私案内しますけど、どうですか」

「ホントですか!!?」


さすが人間好きなだけあって、それはそれで嬉しそうなオロバスさん。


「んー? 珍しいな。忍がそこでわざわざ役を買って出るなんて」

「だから公爵がうん、って言ったら。仕事扱いで出られるから」


公然とサボれることになる。


「そういうことならオレもつきあう。どうせ今日も大した用ないんだろ?」

「用はないが、引っかかる言い方だな」


今日の訪問は慣例的なものであって、要件があるなら大体アドリブだ。

ダンタリオンは在日が長いこともあって、対応時間については優遇されている。


「しかし、さすがにオレもオロバスと二人きりででかけるとか違和感を覚えてたところだ。よし、行ってこい」

「行ってこいって何様だお前は」

「公爵様」


風が抜けるといい季節になって来た。反論もなく閉口したオレたちの後ろ、開け放たれたままのドアの向こうから声がした。


「アガレスも来てるよ。ボクは今回パスだから、一緒に連れていってあげてくれる?」

「アガレス様もですか!」


アスタロトさんだった。突然の提案だが、アガレスさんともオレたちは面識がある。特に異存はない。一つのぞいて。


「ダンタリオン、お前手伝ってもらって案内しないんだから、せめて車とか出してくれよ」

「あっ、電車で移動してみたいです。前に来た時も、よくわからなくてタクシーとか使っちゃったから」


うん、まぁお金の面では不自由はないからな。爵位持ちのヒトたちは。


「じゃあ小遣いやるから面倒見てやってくれ」

「どんだけ子ども扱いなんだよ。わかるけどさぁ」


小遣いって言うか、お前、3年近くも日本にいながら金の価値観わかってないだろ。

オレは万札を何枚か手渡された。多い分には文句はない。


「アガレスさんは?」

「久しいのう。今日は貴殿らが案内してくれるのじゃと?」

「あ、お久しぶりです。この間はどうもありがとうございました」

「?」


忍が丁寧にあいさつをしている。アスタロトさんの後ろにいたようで、白ひげをたくわえた見た目好々爺のアガレスさんが顔を出した。


「この間って?」

「始めて召喚した時、アガレスさんに来てもらったの」

「……あの地震の時か」


前触れもなく天使が襲来して、一般人の避難もままならないあの時。まっさきに大きな地震が起きたが被害はなかった。あれは、近くにいる人たちをこの場から離れさせるためだったと聞いている。


「久々に人間界で魔術を使ったのう。わしもまだまだ衰えておらん」


……見た目が爺なだけで中身はあんまり年齢関係ないんじゃないですか。

よくわからないのでそっとしておく。そういえば、アガレスさんは相当ウソというかほらを吹く悪魔だったはずだ。

言葉遊びに巻き込まれかねないから、流しておくのがいいだろう。


「9時半か、今から出れば朝一からちょうどあちこち回れていいんじゃない?」

「じゃ、行くか」


そんなわけで、二人を連れてオレと忍は外に出る。駅まで歩いて……


「どうぞ~」

「!」


朝っぱらから駅前でティッシュ配りに遭遇。


「なんですかこれ!!?」

「え、何ってポケットティッシュ」

「オロバスは初めてかの。わしは前回来た時、体験済じゃぞ」


体験て。ティッシュ配られただけですけど。


「すごい! 日本ってただでこんなふうに使える品物を配りまわってるんですか!?」

「あー、うん。ティッシュの中に広告入ってるだろ? 宣伝のためだけど」


オロバスさん相手に、敬語になると変な感じがしてきたのでついふつうにオレはしゃべっている。

今日は、小さなお子様と、その祖父を観光案内している気分だ。


へぇへぇへぇ!とスタート地点から出発もしていないはずなのに、テンション上がりまくりなオロバスさんの背を押して、駅に入る。


「そういえば、ティッシュ配りって外国人も驚く文化だったらしいよ。カルチャーショックという意味では、魔界も異世界だからわからないでもない」

「そうか、オレたちにとっての常識は異国の人にとって全然そうじゃないってことか」


確かに、ティッシュなんて配ってるの日本くらいだよな。それを考えると確実に使えるものをスルーする日本人もまた、すごい。


「切符めんどいからSuika買うか」

「路線図見て、切符買うとか今の日本人にも高難易度な気がする」


オレと忍はアガレスさんとオロバスさんのために乗車用のICカードを用意する。使い方を教えて渡す。

この時点でもうへぇへぇへぇへぇな世界だ。……オロバスさん、前回何しに来てたんだっけ?

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