籠国の天使(5)ー黙秘

「全部はわからないけど、可能性はあるね。だとしたら、逆に安心できる気もする」

「何の話だい?」

「言っただろ、最初に会った時にエシェルと『友達になれ』って依頼されたって」


依頼というか、ミッションという話になっていた気がするが。


「まさか、その指示を下した人間が僕の存在に気づいていたと?」

「わからない。なんていうか底が知れない人だし……ただ、術者だから可能性はあるし、無意味だとは思えないよな」

「だけど、割と清明さんも共存重視な感じがするから、悪いようにはしないと思う。……もちろん、エシェルのことに気づいていたなら、エシェルの出方によるんだろうけど」

「……僕の出方、か」


少し考える間がある。

口元に充てていた手を離すと、エシェルは伏せていた目線を上げた。


「僕と君たちが友人になったところで、おそらく君たちには僕の正体は伏せられたままだったと思う」

「まぁ、一個人が知るには大きすぎる秘密だよね」


相変わらずの受容力で、動じない忍。

普通に話している。

今日ばかりは、エシェルの性格や人のままの外見もあってか、オレも普通だが。


……とても、天使を相手に話しているとは思えない。


それくらい、オレが、オレたちが2年前に見た天使とエシェルは違って見えた。


「だったら目的が謎だ」

「聞いてみようか」

「……お前のことだから、ダイレクトには聞かないとは思うけど、その言い方だとダイレクトに聞きそうだから、そこをはっきりしておいてくれ」


心配の種が増えた。


「さすがにダイレクトに聞くのはどうかと……いくら清明さんでも、単独で動いているわけじゃないだろうし、何かこう、ほかの目論見があった時に、私たちの立場的にもまずい気がする」

「そうだね、できるなら伏せておいた方がいい」


今の発言に、違和感を覚える。

というか普通に、エシェルは自分の保身ではなくオレたちの保身に同意した形だ。


「ダンタリオンのやつは」

「あの感じだと、口外はしない気がする。少なくとも私たちが今日のことを報告するまでは、黙ってるだろうし何の得にもならなければ、わざわざ問題にして引っ掻き回すタイプではない」

「そうだな、得にならなければな」


得になったら、引っ掻き回されると思うが、今の時点でそれはなさそうなので大丈夫だろう。


むしろ、現状、あいつにとっても、事態がめんどくさいことになるだけだ。


「清明さんが絡んでいるから、そっちから黙認ということで口裏を合わせるようにしよう」

「君たちは」


とエシェル


「僕のことをなぜ、庇う?」

「……なぜだろうね」

「そういえばな」


自問自答が始まってしまう。


「一番面倒じゃない方法がとりたいから?」

「それじゃあいつと同じだろ」

「でもエシェル的には合理的と言えばわからないでもないのでは」

「一緒にされているようで、そこは不愉快だ」

「うん、ごめん」


素直に謝っている忍。

その頃には、エシェルの表情は、初めて慣れた頃と同じくらい……というか、それよりも感情豊かな表情を取り戻していた。


もう回復したのだろうか。

しかし、ふつうに本当に、高圧的に腕を組んでいる様は不愉快そうではある。


……ナポレオンて、小さいからあおりで自画像を描かせた、という逸話をなぜか思い出した(もちろん、黙っている)。



「正直、オレも面倒は嫌だし、知ったものはしょうがない。でも清明さんは友達に、っていう依頼だけだったし別に支障がないならそれでいいんじゃないかな」

「……秋葉はこういう人です」

「説明しなくていいから」


理解したのか、エシェルはそれに乗った。


そして、もうひとつの本題に入る。


「あとは……多分、公爵が確認したかっただろうことがひとつ」

「いいよ、話して」


エシェルにしてみると、ダンタリオンに問い詰められても死ぬまで話そうとはしなかったろう。

そもそも神魔が嫌いというのも、接触を避ける方便であったろうから。


もう、その点に関しては「聞かれたことにはすべて答える」というスタンスでいるのかあっさりと促された。


「『どうして六体の天使はここへ来たのか』」

「……」


確かに、人も殺さず何も壊さず、ただこの街へ来た。

ダンタリオンもそこに疑問を抱いて「近くに住まうフランス大使」へ話を聞こうとしたのだ。


それには理由があるはずだった。


「信じてもらえないかもしれないけど……」


エシェルにしては弱気な発言を前置く。


「おそらく、僕の存在を目指してきたんだと思う。あの時僕は、ヒルズの方にいたからね」


厚木は神奈川県。

確かに、館内にいたのであれば、そこを素通りして六本木ヒルズの方までは来ないだろう。

忍が、気になるところを質問している。


「天使には天使の気配が、隠していても分かる?」

「気配というよりも、指令系統をなくして単に上位の天使である僕のところへ来ようとしていたんじゃないかと。あくまで推測だが、下層のエンジェルズは命令がないと動けない。そしてこの閉ざされた結界の中では、彼らにとって命令権があるのが僕だけだった、というところなんだろう」

「……」


なんとなく、わかるようなわからないような。

ただでさえ神魔の関係性は複雑なのに、天使の階級の話までされても完全に圏外だ。


「エシェルが命じたら、その通りに動いた……?」

「それはない。というよりも、僕にその権限がない。それは前に言った通り」


エシェルもまた、別の使命をもって、存在していたからだ。

これはわかる。

そしてエシェル自身も、連絡や命令がないために、その使命を続行していたというわけで。


「天使って、完全に階級社会なんだな……」

「時々覆ることはあるけどね。まぁその辺は、唯一無二の存在が一番上にいるのだから当然の仕組みだろう」


仕組み、という言葉を使うのは、長く人間世界にいたからだろうか。

人類に平等を説く信者の、その神が階級制度を敷いているのもおかしな話だと、初めて思う。


「他に何か、聞きたいことはあるかい」

「……忍、任せた」

「今更任されても……」


そういえば、ダンタリオンが何を疑問に思い、何を聞きたかったのかは、聞きそびれたままだ。

情報の需要と供給が一致しないと、シャレにならない気がする。

だが、オレには何を聞いて行けばあいつが納得するもかもわからない。


「公爵が聞いて納得する情報ってことでしょ? 天使が集まった理由、くらいしかないと思うけど……結局、今回の騒動も人間側の落ち度だし」


今回も、というのは何度か事件に巻き込まれて結局、人間にも非があるということをその都度見てきたせいだろう。

何がよくて、何が悪いのか、わからなくなってくる。

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