籠国の天使(6)ー秘密の共有者
「それに元々公爵は『この辺りに住まうフランス大使』にあの日のことを聞いてみたかっただけで、そもそもエシェルが天使だったことは想定外だったんだから、聞きたいこととか以前の問題では」
「……そうだな」
いきなり殺そうと(?)したんだから、話し合いの余地はなかったはずだ。
だとしたら、ダンタリオンを退かせた忍の疑問に対する答えを持って帰ればいいということか。
「……そうすると、あとひとつは絶対に確認しないとならないことができた」
「?」
「エシェル。エシェルは現時点では天使を手引きする命令とか受けてないってことは確かなんだよね?」
「その聞き方は正しいな」
エシェルは苦笑する。オレにその意味が分かるのは次の答えを待ってだ。
「そう、あくまで現時点、だ。何の命も下っていない。この二年間、そうだったように」
それは外と連絡が取れないから。
もしも、通じるようになった時は、従わざるを得ない状況が発生することもある。
忍の問いはそんな意味を示唆していた。
「わかった。エシェル自身にその気はないってことが」
「そう解釈してくれるのか」
「で、秋葉。これは私と秋葉の問題なんだけど……」
概ね、持ち帰りの答えを得たと判断したのか、忍はそう言ってからオレを見た。
「このことは、司くんには話さない方がいいと思うんだ」
「!」
意外な提案だった。
情報を共有することの重要性は、忍の方がよくわかっているはずだ。
そして相手は司さん。
話しておいてしかるべき、信頼のできる相手だ。
けれど、忍は話さないという選択を勧めている。
「司か……できるなら、そうした方がいいだろうな。彼の立場を考えるなら」
あぁ、そういうことか。
エシェルの方が理解が早かった。
司さんは、特殊部隊の人なんだ。
その情報を知っていて、黙っていた。では済まされない場所にいる。
ただでさえ先日の一件で気苦労が増えただろうに、荷物になるだけなら確かに黙っていた方がいいだろう。
「僕が言える立場ではないが……」
「いや、そうしよう。正直、隠し事とかちょっと後ろめたいけど……」
「大丈夫。それは代わりに森ちゃんに話しておく」
「!?」
オレとエシェル、二人分の驚きの視線を忍は集めることになった。
「森ちゃん……? それは」
「司くんの妹。私の友達でもあるんだけどね、私と森ちゃんの間では情報の共有が約束事になっていて」
「いや、森さん部外者だろ? そんな重要なこと話して大丈夫なのか?」
「重要って……ただでさえ黙ってようって言ってるのに、秘密にするメンバーが一人増えるくらいなんだというんだ」
きっぱりと言い返されてしまう。
そう言われれば、その超重要な話をオレたちは二人で抱えようとしているわけだから……できれば、もう一人くらい誰かいてくれても……
「って、だからなんで司さんの妹なんだよ!」
「いざという時の保険にもなる。森ちゃんも頭が切れる人だ。必要な時が来たら話すだろうし、そうでなければ話さない。司くんの代わりに知っていてもらう必要はある」
それは必要なことなのかどうなのか、オレにはわからない。
「それが君とその彼女との『約束』かい?」
「そんなところかな。エシェルがそれでいいなら」
「僕には選択権はないよ。二人に委ねる」
迷ったが……すでにエシェルの正体を知ってここにいるのだから、初めからそんな必要はないのだと気づく。
はじめから。
オレと忍は、エシェルの正体については口をつぐむつもりで、ここにいるんだ。
それをわざわざ誰かに背負ってもらう必要は、ない。
「秋葉?」
「わかった。オレはそういうの黙ってるの得意だから、大丈夫だ。だけど、あいつの説得は忍に任せるからな」
「わかった」
了承の言葉が往復する。
そして、オレたちは見えないところで満身創痍そうなエシェルの見送りは断って、帰ることにした。
いつのまにか色の淡くなっている空を見上げながら、涼しくなってきた風を浴びる。
ビルの向こうに太陽が消え、横たわる雲との境界が曖昧になった空は、夕暮れが近いことを教えていた。
ふと、振り返るといつもの部屋の窓辺から、エシェルの見送る姿が見えた。
「初めの接触者……か」
ぽつ、とエシェルはつぶやく。
「彼は、神魔だけでなく、天使とも初めて接触した人間……ということになるのか」
その声は、当然、オレには聞こえていなかった。
「……皮肉だな」
忍がその姿に手を振って、そして、またオレたちは駅に向かって歩き出した。
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