3.不機嫌な悪魔(1)

外交の仕事は、スケジュール調整がメインと言っていい。

エシェルのところで起こったのが昨日の今日で、しかし、ダンタリオンにはすぐに報告に行くべきだろうと、オレと忍は話し合って別れた。


だから、公館へ行くことにしたのは翌日だ。

忍はデスクワークもあるだろうに、すぐに予定を合わせて一緒に来てくれた。


あいつのところへ行くのに、こんなに足が重いのは初めてだった。


「考えてみたら……もう少し、間を開けても良かったんじゃ……?」

「私もそう思った。でも、それで公爵がやきもきするか逆に冷静になるのかが、わからなかった」


その通りだ。

元々余裕しゃくしゃくな感じなので、あそこまで腹立たしそうな顔をされると、どの段階で切り替えがきいているのかわからない。

その前に起きた事件が事件だけに、あいつにしてみれば立て続けに不愉快なことが起きたことには間違いないだろう。


「間が悪かったよなぁ」

「しかし、この間でなければ起こり得なかった事態であり」


ため息をつくオレの横で、忍もそうしたそうだったが、至極、冷静な感想を述べてくれた。


そうだな、起こったことをぐだぐだ言っても仕方ないか。

今日のオレたちの仕事は、昨日わかったことの報告だ。


それから、できればエシェルの正体については黙っていてもらうこと。


こればかりは、オレだけでなく忍にもどうにかできる事ではないと思うが……

本気の意味で、善処したい。




そして。


見慣れた門をくぐり、アプローチを抜けて、いつもの部屋に向かう。

ノックをして……


「はい」


すこぶる不機嫌そうな声に、今しがた入れたばかりの気合が早くも折れかかった。


「すっごい機嫌悪そうだぞ、どうする?」

「ノックしておいて入らないともっと不機嫌になる。行きますよ」


短く促されて、意を決してオレはドアノブを回した。


「……またそんなしかめっ面で、君はもうちょっと愛想よくできないのかなぁ」

「愛想が悪いのはお前がいるからだよ! どこから持ってきたこのねこじゃらし!!」

「なかなかかわいいよね、これ。猫がじゃれつくのが分かる気がするよ」


言い合っていたのは、ダンタリオンとアスタロトさんだった。

応接セットではなく、マホガニーの大きな机の端に腰を掛けながら、アスタロトさん。

備え付けのゴージャスな椅子に腰かけて不愉快そうに、頬杖ならぬ、あごに杖をついてそっぽを向いている部屋の主の顔のすぐわきで、ふわふわと緑のねこじゃらしを揺らしている。


「やぁ、こんにちは」


いつもの笑みを浮かべながら挨拶してきた。


「……こんにちは」


と挨拶をかわしつつも、肩口から後ろ手に持ったねこじゃらしはひっこめない。

ダンタリオンがぺっ、と左手でそれを払いのけた。


「いいから退散しろ、これからオレは仕事なの!」

「え~? いいじゃないか。いつも一緒に話聞いてる仲じゃない」

「今日は極秘事項だから駄目。というか、お前が、勝手に話に入ってきてるだけだろう」


言い捨ててから立ち上がり、突っ立っているオレたちに応接の方を勧め、それを見送ってから、アスタロトさんは机から降りた。


「盗み聞きも禁止だぞ。……お前は信用できないから結界も張っておく」


薄青い光がドアの辺りから床をなぞった。

それを見下ろしながらアスタロトさん。


「ここまでしなくても、ここの壁は厚いから外には聞こえないよ」

「それが信用できない」

「まったく。君は疑り深すぎはしないか?」

「……」


悪魔とは思えない言葉を放ったのは故意か無意識か。


「昨日仏頂面をして帰って来たと思えばこれだよ」


終始黙っているのが珍しいと思ったのか、オレたちの方に向かって言った。


「今日も朝からずっとこんな調子」

「それはお前が朝からずっとオレをおちょくってるからだろうが! お前が消えれば万事解決だ!」

「……ほら、カリカリして。言われなくてもでかけてくるよ。今日は東京タワーの階段の開放日なんだ」


……どーいう情報ですか。

いつもならつっこみたいが、このヒトは特につっこんでもつっこまなくても変化がないので、今日は敢えて黙っていることにした。


……隣で忍は、ちょっと心惹かれたような顔をしている。


「今ちょっと行きたいと思っただろ」

「ちょっとね」


ぽつりと目も合わせないで呟きあった。

アスタロトさんは出ていく前に、こちらに来ると忍に手にしていたねこじゃらしを渡す。


「ねぇ、君ならこんなものでも面白いと思うよねぇ?」


そして猫のように細い目で笑って出て行った。


「……やっと静かになったな」


ため息を大仰につくダンタリオン。

確かにアスタロトさんがいなくなったら、いつも通りの顔に戻った。

本当に、朝からおちょくられていたらしい。


……多分、仏頂面してたからおちょくりたくなったんだろう。


日本広しと言えど、そんなことをこいつにしでかすのはアスタロトさんくらいだ。

妙なパワーバランスが出来上がっていた。


「それで? 何か有益な情報は得られたのか」


どさりとソファに腰を落とす。

そのまま尊大に足を組んで、肘を大きく背もたれにかけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る