EP8.霊装‐想いに応える者(前編)
クラシカルに目隠しをされ、まとめて護送される。
18人。
その数が意味するものは、その少し先に「ゼロ世代」と呼ばれる面子だった。
天使の襲来、神魔の出現からおよそ4か月。
すべての育成カリキュラム、すべての課題を突破し残った最終メンバーが、そこにいた。
「着きました。目隠しを取って、順次降りてください」
視界は塞がれていても、拘束されていたわけではない。ただ、どこに連れていくのか、場所を特定されたくなかっただけだろう。
カリキュラムとは直接かかわりはないが、霊装などの面でちょくちょくと顔を出していた「清明」と名乗る若い男が、薄い笑みを浮かべながらそう案内をした。
「うおー、太陽がまぶしい」
「新緑がまぶしい」
「お前ら、よくそんなふつうの感想が出てくるな」
車内での会話が禁止されていたわけではなかったが、目的を告げられ車が動き出すと当たり前のように沈黙が落ちた。
ただ、周りで起こる音に耳を澄ませながらただりついたのが今の場所。
「だって監禁されてたわけじゃないし。霊装、って言ったっけ。マッチングするんだろ?」
「相性が合えば、って話だろ」
マッチングという言葉もどうなのか。
今後、特殊部隊として実働することになる俺たちには、科学技術と術師たちの有する霊的な技術が編み込まれた霊装と呼ばれる装備……制服や武器がすでに与えられている。
だが、それらは「人工物」であり、これから引き合わされる「霊装」は古来から存在する純然なものであるらしい。
……正直、詳しいことはわからない。
事前説明では、それらは人工物よりはるかに強力で、相性さえ合えば貸与される、ということだった。
「相性って言っても、どうやってわかるんですかね?」
現在地は皇居内のどこかには違いなく、ただ、ひたすら静けさに包まれている。
整備された庭園、足元に流れる小川。完全に人と隔絶された場所という感じはなかったが、見えるのはすぐ目の前にある、まるで飾り気のない社のような建物だけだ。
「見てもらえば……いえ、『会って』もらえばわかりますよ」
浅井の疑問を聞き留めた清明と呼ばれる術師が先導しながらくすりと笑う気配。
頑強な木の階段を上がる。
建物は平屋造りだが、扉は幾重にか閉ざされるようになっていて、連れていかれたその先は、ろうそくの炎だけがそこを灯すほの暗い空間だった。
「……なんか、馴染みがなさ過ぎて現実感が」
「和製映画でありそうな空間だな」
それぞれの感想は正しい。ゆらゆらと揺らめく灯りは非日常の空間を作り上げている。
部屋、というより空間。壁に沿ってロの字型に配置された長机以外は何もなく、真ん中の空間はただ空いている。
そこに俺たち18人は集められた。
「さて、事前に説明した通り君たちにはここで、それぞれの霊装をみつけてもらいます」
「……みつける?」
誰かが聞いた。その言葉は初耳だった。『清明』は言い直す。
「正しく言えば、選ぶのは彼らの方。相性がよければ、あるいは気に入られれば彼らは力を貸してくれるでしょう」
そしてあらためて辺りを見回す。その視線を追う。
黒い重厚な木机の上には、幾本もの刀が一定の間隔で並べて置かれていた。どれも僅かながら装丁は異なるが、すべて抜き身の白刃が、揺らめく灯りにそれぞれ光を返している。
「霊装……それぞれが意思を持っている、んでしたっけ」
「えぇ。声も聞こえず、姿も見えず。けれど確かに彼らはそこにいる。刀という依り代に宿って。わかりませんか?」
そう問われて、全員が静まった。感覚を、辺りに向けて気配を探るかのように。
「確かに、ここがふつうじゃない場所はわかる。けど、どうやってその相性っていうのがわかるんだ?」
わかる、と言ったのは例えではないだろう。御岳が声を抑えるようにして言葉を紡ぐくらいだ。無闇に騒いだり、雑なことをしてはいけない場所だ、というのは空気そのものが語っていた。
「言ったでしょう? 彼らは君たちがここにやって来た時から君たちのことを見ている。だから、力を貸してもいいと思った人にはそれがわかる。おそらくはそれぞれの形で」
そう言うと彼は「静かに」と一言だけ加えた。
再び沈黙が落ちて、それが静寂になる。
「見られている」のはこちら。見定められている、ということか。
少し困惑の顔を見せる者、自ら周囲に気を配り見回す者、ただ気配に感覚を傾ける者。そのわずかな時間の過ごし方はそれぞれだ。
慣れない空間ではあったが、嫌な感じはしない。緊張感や恐怖はなく、むしろ静寂や落ち着きを感じる場所でもある。
そう感じ始めたその時。
リ……リィン……
どこかで小さな鈴が鳴る音がした。
「鈴?」
全員に聞こえた。その音の行方を探そうとそれぞれが見回す。
浅井だけが、それからまもなく「それ」に目を止めた。
リン……
「まただ。どこから」
音の出どころはわからない。それは明確にどこから鳴っている、というものではなかった。けれど「清明」はすぐに追ってそこを見ている浅井に気づく。
「君ですね。浅井くん。呼ばれた、と思うならそこへ行ってごらんなさい」
そう言われて、浅井は少し困惑の表情を見せたが、足取りはまっすぐに一振りの刀のもとへ向かった。
そして、
リリ…ン……
静かにその刀を手に取った。
鈴の音が止んだ。
「……『月姫』。彼女は君を選んだようだ」
「月姫?」
「その刀の名、と覚えておけばいい。他の皆にも説明はしてあるけれど、ここにある霊装は『ホンモノ』だ。器物ではないということを忘れないように」
そして、浅井は手の内に収まったそれにじっと視線を落とし、ぽつ、と呟くように呼ぶ。
「月姫……」
リィン……
おそらくは、浅井にしか聞こえないかのような微かな澄んだ音で応えるのを、俺は聞いた。
「一番手は浅井か……セイメイさん。これって全員が選ばれるまでここにいるのか?」
御岳がざっくばらんに聞いている。
「いえ、制限時間は彼らに伝えてありますから力を貸すも貸さないも彼らの自由意志です」
「……なんか、時間切れになったら虚しい気がするんだけど……オレたち、見られてるだけなんですか」
他の同僚が聞いている。どういう基準で計られているのかはわからないが、確かにここに突っ立ったままというのは若干、間抜けだ。
「彼らはあなたたちを見極めようとしています。が、あなたたちから見せることも可能です」
どうにも少し、回りくどい。
「要は心の在り方を示せばいいんですよ。同意が得られれば協力してくれるでしょう」
「……自己PRってことですか」
「声には出さずに。君たちが何を思い、力を手にしようとしたのか、あるいは更なるそれが必要なのか。手に余ると思うならそれでもよし、必要であればなぜここまで来たのかを思い描いてください」
『清明』は、そして再び俺たちに時間を与えはじめた。
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