4.閑話休題(1)

予想外に早々に解放されたオレたち三人。

明日は通勤ラッシュからスタートなので、あまり考えたくないが今日は明日のスタート地点にほど近い、品川のホテルに滞在する。


「良かった……早く終わってよかった……」

「良かったって秋葉、ほとんどしゃべってないじゃない」


一生でこんなにしゃべり続けたの初めてだと言いながら自販機のボタンを押す忍。

確かに今日はほとんど忍が相手をしていたが、実は忍は元来おしゃべりではない。


得に懇意でもない人間相手に二人きりでいると、話さざるを得ないから疲れるらしく、よく三人いるとあとの二人に会話を任せられて楽だと言うくらいで、仕事場でも無駄口はたたかない方だ。

オレと司さん、三人の時によく話すのはそれだけ気を許している、ということだろうか。


にしても、相当に喉が渇いている様子。


「ラウンジに入るか?」

「一、二杯じゃ足りないからちょっと待って」


お茶をするのに、水分補給してからってどれだけだよ。

……と言いたいが、オレもしゃべってないのに異様に喉が渇いた。

ため息をつきながら、自販機のボタンを押しかけて……


「司さん、何か飲みます?」

「結局ここで水分補給していくのか」


ラウンジに入らないと言っているようなものだったか。

そうだよな、ゆっくり腰掛けて休みたいよな。


主にオレが。


ペットボトルはやめて、忍の補給が済むまで待つ。

と言っても、割と早かったのでそのままラウンジに入った。


* * *


ラウンジに入っても、仕事の話をする気力はなくしばらくまったりモードで各自、ティータイム状態になる。

当然、王様ガイドの出張扱いなので夕食付きのそれなりに高級ホテルだ。

ベレト王がここに泊まらなくてよかったと本気で思う。


部屋に行ってから割と驚くのだが、さすがに官公庁に勤務していてもここには自費では泊まらないな、という部屋だった。


「……司さんはシングルとかじゃなくて良かったんですか」

「一応、護衛のためについてきているわけなんだが、夜は拘束時間外で」


うん、オレもそれくらいの方が気が楽だよ。

護衛の人が寝ずの番とかごくごく稀に入るんだけど本当に、こっちが寝られないから。


「コーナーツインとかずるくない?」


コンビニで飲み物を買ったついでに、こちらにも差し入れに来てくれた忍が窓からの眺望を見て開口一番。

早めに食事にもついたので、まだ空は青みを帯びている。

眼下のビルは揃って青暗く、ベッドの横正面位にライトアップされた東京タワーがよく映えて見えた。

忍はソファの方から、窓の下を眺めている。


「まだ時間が早いから電車も多いね。これは飽きない感じだ」

「あとはカーテン閉めて寝るだけなんだけど」

「…………そういう人を、この部屋に泊まらせても意味がないと思う」


どういう意味だ。

ソファ側が大きい一枚窓だ。ここは29階なので一望できるなんて程度ではない。


「この街では日常的に夜景を見られることも楽しいことだと思うんだけどねぇ……」

「日常の中にありすぎて、普通は毎日見てたら気付かなくなるんだよ」

「…………」


なんでそれが分かっているのに、見ないの? と言った目で見られる。

特に他意が含まれているわけでなく、純粋な疑問だ。

さすがにつきあいが長くなってくるとわかってくる。


「オレは疲れた。早く寝る」

「日本人のお家芸と言われようが、写真は撮ろう」


誰も禁止してません。


「……もりちゃんに送ろ」

「やめてくれないか」


ベッドに倒れ込んだオレの横で司さん。

森、というのは司さんの妹の名前。

忍は「もり」と呼んでいるが、本名は「森(シン)」であるらしい。

元々、忍とは友人関係にあり、司さんは仕事で一緒になった時にすでに忍と面識はあったが、当時はその程度と言った感じだった。


そんなわけで、妹さんの名前だけはちょこちょこ耳にしている。


「……それは仕事とはいえ、こんな素敵な夜景の部屋に泊まれることを羨ましがられるからですか?」


それはお前の感想だろう。

けど、概ね同意だったらしい。


「一応、仕事上で泊まる場所だしあまり仕事の話題を家に持ち込みたくない」

「わかる。けど、これは絶対喜ぶ」

「……」


嫌なら嫌って言った方がいいですよ。

顔まで突っ伏しながらオレ。


「じゃあ司くんのスマホで撮るから、ちょっと貸してくれないかな。カメラ機能だけ」


カメラ機能だけ貸せってどういうことだよ。

プライバシーにかかわる場所は見ないっていう意味だと思うけど、普通に言えよ。

わかりづらいだろ。


「お前、俺の話聞いてたか……?」

「聞いてたよ。その上で大量に撮って送るの大変だから、司くんのスマホで撮ってあとで見せてあげてもらえると、さらに喜ぶ」

「……」


司さんが負けた。

私物の貸し出しをしている。


「駅もきれいだけど東京タワーに向かう感じのテールランプがいい感じだ」


こいつは写真を撮るのも好きだ。

そして、


撮られるのは大嫌いだ。


高級そうなティーカップがあるのをみつけ、サイドテーブルにセッティングして撮影している。

後で見せてもらったが、ちゃっかりウェルカムフラワーまで置いて、お洒落なことになっていた。


「……俺じゃなくて、お前が撮ったというぞ……?」

「どうぞ」


撮るだけとって満足したのか、あっさりテイストに戻っている。


「この時間は……余計なものが見えなくなるのもいいよね」


まぁ朝見たら、普通にビルが林立する雑多としてすら見える光景だろう。

オレはしばらくつっぷして回復した気がしたので起きた。


「いつもは泊りでも遊びに来ないのに、珍しいな」


どしたん?とオレ。

今更だが、大体泊りで一緒になるときは食事を終えたら各自解散。


翌朝まで顔を合わせないケースが多い。

一人は一人で全く気にしないタイプなので、そういうところは付き合いやすい。

今日来ているということはそれなりに用事がありそうな気がしたのだが……


「フロア案内見てたら、秋葉たちの部屋が角部屋だと気づき」

「……フロア案内ってどこにあるの?」


忍は無言で、テーブルの上にある豪勢なカバー付きのボードを手に取った。

めくる。

最後の方で手を止めて、見せる。


「案内っていうかそれ、見取図だろ! なんでそんなものがあるんだよ」

「どこのホテルにも大抵あるよ。避難経路を示すためだと思うけど……秋葉、見ないの?」

「普通は見ません!」


確かにどこのホテルにも案内のようなものがある。

しかし見取図どころかその案内自体もほとんど見ない。

目を通さなくても大抵、食事をする場所とエレベーターの場所がわかれば事足りる。


「結構面白いんだけどな……」

「何をどう見たら面白いんだ?」

「そういわれると困る」


地図を見るのが楽しい人にその楽しさを聞いても理解できないのと同じか。


「でもほら、このホテル、中に色々あるんだよ。結婚式場にコンサートホール……ボウリング場があるのは意外だな」

「え、こんなホテルに泊まる人がボウリングとかすんの?」

「ほら食いついてきた」


うっ、となる。

釣ったつもりはないだろうが、言われれば興味は向くのが人間だ。


「駅前だし総合施設に近いんだろう」

「水族館ってここじゃなかったっけ」

「あったな、そういえば」


ホテル案内を見返す忍。


「……10時5時だった。到着してすぐに行けば間に合った」

「勤務時間中!」


普通に来ればいいだろと念押しするが本当に残念そうだ。


「土日は観光客とかお子様がたくさんで水族館はちょっと……あ、明日ベレト閣下連れてこようか」

「お前が見たいだけだろ」

「ここはイルカショーがすごいらしいんだ。光と雪みたいな演出までかけるとか。閣下がいたら、どの水槽も見放題なんだけどな~」


魔界の王様、利用する気満々なのやめて。


「そうそれで、明日の話」


本題がそちらだったのか、そのままスムーズに会話が移行した。


「ラッシュ体験の後、どうする?」

「決めてないのか」


司さんは打ち合わせにいなかったからその辺りは伝わっていなかったらしい。


「ダンタリオンから聞いた話だと、すごい気難しい感じだったから結局アドリブにしようってことになって……」


オレは事情を説明にする。

今日一日同行して、納得する要素しかなかったらしい。

なぜかベッドの上でミーティングモードになった。

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