アメ横篇(2)

「閣下」


フォローの手が足りないと見たのか、司さんも声をかけてきてくれた。


「お疲れでは? そのような状況では観光もお楽しみいただけないでしょう。この国は閣下と敵対される勢力以外のすべての神魔との協定地ですから、そういったことはお忘れになっては」

「そうですね。お分かりにならないことがあったら聞いていただければと。相当、異文化ですから」


それは仕様です、宣言が暗に出た。


『うむ……そうか、そうであったな。余は召喚されたわけではない』


こだわるのはそこか。


「では試しに何かお買いになりますか? 鮮魚が有名ですが、ご覧のとおり」

『様々であるな』


ベレト王の視線が立ち並ぶ店を眺めだす。

そっと忍はオレの左手に何かを握らせた。

さっきのチョコだ。


「……それでも食べて、元気出せ」


思いやりが逆に痛い。


『シノブとやら』

「はい!?」


背後からいきなり下の名前で呼ばれたことにさすがの忍も驚いた模様。

オレも驚いた。


『日本の者はあれを食すのか』


その先には、鮮魚店。

いろいろ並びすぎていてわからない。


「……タコですか」


なんでわかるんだよ。

まぁ確かに魚と貝の並びにある変わったものというのはそれくらいだろう。

しかも今見ているのはいわゆる酢だこで切り取られた大きな足の部分。しかも真っ赤だ。日常的にスーパーで売られてるのとも違う。


「地域によっては全く出回りませんが、全国的にはお正月……年初めに食べることが多いので縁起物と思われます」

『……縁起物か。デビルフィッシュがか』



疑問符の飛ぶオレに反して、忍の中では合点が言った模様。


「そうですね、海外では悪魔の魚として忌避されるものでもありますね。食文化の違いでしょう」

『愉快なものだ』


悪魔だからな。この人。

悪魔の魚が縁起ものなのが面白かったんだろう。


「なんでお前、そんなことに詳しいの?」

「うちは割と小さい頃から食卓に上がってた。でも地方に行くと全く見ない上に、年末年始になるとここでも扱いが増えるからまぁそんなところでしょう」


半分推察か。


「毎日食べているものが、他の地方で当たり前だと思ったら大間違いなんだ」


うん、この魔王様見てるとよくわかる。


「この懐中時計、かっこいいな。スケルトンだよ」

「千円の時計とかやめとけ。すぐ壊れるだろ」

「インテリアに良さそうだけど……」


しばらく歩く。

ふつうに久々のアメ横を堪能しているオレたち。

司さんだけは余計なことは言わない。

仕事モードが見事にONなのか、黙っていた方が利口だとわかっているのか……


オレもわかってる。わかってるんだ。


けど、つい話してしまう。



『何か余に勧められるものはあるか?』


大分鷹揚になってきた魔王様が突然に聞いてきた。


「勧められるもの……」


忍は考えるのと同時に司さんを見る。首を振られる。

うん、まぁよくわからないよな。

周りを見渡す。


鮮魚、鮮魚、鮮魚、靴、バッグ、乾物、鮮魚、フルーツ、貴金属……


鮮魚率高いけど、本当に雑多としてるな。


「これはどうですか?」


忍が目を付けたのは、乾物の店だ。乾きものだけでなく、メインはナッツ類の様子。


「ナッツ類は洋酒にも合いますし、こちらの乾物は日本ではお酒のつまみとしても定番です。保存もききますのでお持ち帰りにも良いかと」


すごいなお前。

チョイスが本当に相手の立場にたってのおもてなしだわ。


この辺になってくると、見た感じふつうに客に誠意をもって対応しているようにしか見えない。

……相変わらず、人込みという波は割れて、店員は氷の海に突き飛ばされたような顔してるけども。


『ではそれをもらおう』


いつのまにか荷物持ちと化したオレがそれを持った。

アメ横の距離はせいぜい5、600mといったところか。

色々見て回ったせいか異様に長く感じた。

時間も結構経っていた。


「今日はここから先は、夜の部となりますので案内をダンタリオン公爵にお願いします」


え、聞いてないけど。

時間的には夕方だ。終わり、と言ったら怒られそうな時間である。


「秋葉、つないでくれるかな?」


仕事用の笑顔のまま、こちらを振り返る。

オレはダンタリオン直通の番号へつないだ。


『なんだよ、うまくやってますか~?』


むかつく。


わかっててこいつ、オレたちを日本版・地獄めぐりに放り込んだな?


「用があるのはオレじゃない。忍に代わるから!」


端末を手渡す。

失礼、と言って少し離れて会話する。内容は聞こえない。

すぐに戻ってきた。


「秋葉が三回回ってワンって言ったら、案内してくれるそうだよ」

「ふざけんな」

『どういうことだ……?』


忍は無言でスピーカーをオンにする。


「公爵、閣下の御前ですがスピーカーモードにしました」


マジでか!という声が聞こえた。


「ベレト閣下にも聞こえるようにもう一度お話ししますね」


そう言って、そのまま会話続行。


「残念ながら私たちは夜遊びの類には慣れておりません。ダンタリオン公爵の方が様々なお店にお詳しく、神魔の目線で面白いと思われるバーなどご案内可能と存じます」


そして、顔を上げた。


「閣下には楽しいひと時を過ごしていただきたく、また、明日は人間の身としては相当に体力を消耗するご案内となりますので、引き継がせていただきたいのですが、いかがでしょう?」


こいつ、やってくれた。

通話の向こうで、ダンタリオンがはくはくと物も言えずにいる様が見えてきそうだ。


『うむ』


良きに計らえ。


そんな満足そうな返答は、ダンタリオンに断る隙すら与えなかった。

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