3.アメ横篇(1)
そして、台東区、上野駅前。
アメ横。
めっちゃ人ごみ!
今更なんだが、やはり候補は絞って事前に話しておくべきだと思った。
こんなにくせのあるヒトだと想定していなかった面もあるが、アドリブにオレがついていけない可能性。
『アメ横とは』
「都内でも珍しい市場形態を保った場所です。観光目的はもちろん、都民も利用する混沌とした市場ですね」
混沌。
「アメヤ横丁と看板にはありますが、人間界の大戦終戦直後の闇市が発祥と言われています」
『それは面白そうだ』
……魔界=闇属性みたいに考えると、今の単語のチョイスはすごく興味をそそるものだったのだろう。
電車には明日嫌というほど乗ることになるだろうので、本日は車で移動。
アメ横は上野から御徒町までの路線に沿って展開されている商店街だ。
商店街と言っても、ドアがある店はほとんどなく、鮮魚や菓子、服飾など店先から手に取れるので確かに市場のイメージ方が近いだろう。
『なるほど、雑多としていて扱われるものにも統一性がなく、闇市としての名残が見えるようだ』
そうか?
戦後に砂糖不足でアメ売ってたのが人気だから、アメ横って名前付いたって聞いたことあるぞ。
多分、その前後にいろいろあったんだろうけど、普通は追求しない。
今は鮮魚店が多めに並ぶ観光客や帰省者の土産市場状態だ。
人込みは閣下が通るど真ん中から割れてくれた。
そこを歩くのは恥ずかしい気がするが、仕方ないだろう。向こうから勝手に割れたのだから。
「モーゼの奇跡みたいだな」
詳しいことは知らないが、海が割れたと言われる出来事だ。
『なんだと……?』
オレの呟きにいきなりベレト王の怒りがMAXになる。
何か悪いこと言った!? モーゼってそういえば何!!?
「閣下、あそこのチョコレートたたき売りは有名ですよ」
忍がすかさず気を逸らす。
怒りを上げるより、渋谷見学以降観光に興味が向いていたためか、割と簡単にそちらを向いた。
その間に司さんが呟くように教えてくれた。
「それは天使勢力の聖人の名前だ」
……死ぬところだった。
ものすごい不敬罪をオレは犯した。
今日初めて発したかもしれない自発的な一言で。
チョコレート売りの人は明らかに他の神魔とは違う雰囲気……親日ではない、むしろ怒りまくっている、ダンタリオンの言う通り怒り続けている状態に見える……のベレト王の姿を見て固まったが、観光ですと軽く忍に言われてなんとかいつもの口上を披露してくれた。
「こちらも一種のエンターテイメントです」
『それがこのような店先で見られるというのは、日本はなかなか客に対しても礼節に富んだ国であるな』
礼節じゃなくてサービスの間違いだろう。
忍は店員にお疲れ様の意味も込めてか袋一杯に詰められたチョコを買うとそれをオレに渡してくる。
その中から大袋を取り出して、開けた。
「どうぞ」
『……』
いや、それ気安すぎるだろぉぉぉぉ!!!
「庶民の味ですが、日本のお菓子は世界でもトップクラスと評判です」
『そうなのか』
世界崩壊した今じゃあんまり関係ないけど、日本人は職人気質でこだわりが強いせいか、菓子ですら平民向けでも相当研究されて作られている。
海外旅行をしたことがある人、あるいは土産をもらったことのある人ならわかるだろう。
土産のチョコは、大体、まずい。
『ふむ、悪くはないな。こうして歩きながら食すというのも大衆文化というものか……ところで』
なぜかオレに目が向いた。
『さきほど、貴殿は何と申した』
モーゼのこと!? 時間差攻撃来たよ!!!
さすがにこのタイミングで口をはさむのはまずいと判断したのか、忍も司さんもフォローしてくれる様子はない。
確かに、逆に逆鱗に触れそうだけども。
いや、むしろこここそ助けて。
救いの手を差し伸べてください。(主に日本の)神様。
諦めて謝るか、弁解するか。
とにかく、素直に言うほか道はなさそうだ。
口をはさむ隙を作ったら二人の内どちらかが、助け舟を出してくれると信じて。
「モーゼの奇跡……と」
『……モーゼと申したか』
「はい……」
死亡フラグが立った。
『時にモーゼとはあの忌々しい神の手先とは違うのか』
は?
怒りオーラは噴出したままだが、ここは普通に疑問形のようだ。
先ほどから忍がことごとく異文化を説明しているため、その可能性をかんがみた模様。
魔王様も、成長している。
「違います。そういう映画があったので、ネタとして庶民に浸透しているだけです。あとは隣国の島をモチーフにした歌にもありました。海が割れるという」
助け舟どころか豪華客船出してくれた。
『それはあの忌々しい聖人のしたことと同じではないか』
「いえ、単に干潮によって起こる現象です。毎年起こってます」
凄いなお前。
なんでそんなこと知ってんの?
後で聞いたところ、聖人の名前は「モーセ」と表記されることが一般的らしい。
オレの希薄な宗教認識が、奇跡の逆転劇を起こしてくれた。
……助けてくれたのは忍だが。
本当に、オレ一人で来てたらもう今日だけで何回地獄の業火に焼かれたかわからない。
こんな平和な日本で、毎秒命がけとかどんな状況だよ。
全部ダンタリオンのせいだ。
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