2.渋谷篇

渋谷駅前。


「……閣下はなぜ、スクランブル交差点をご覧になりたいと?」


全くだよ。

日本人からするとよくわからないことだ。

神魔も現在多かれど……ってめちゃくちゃ目立ってる。オーラ噴出しすぎて目立ってる。


『以前からここは海外では一大観光スポットだったと聞く。ニンゲンの外者が来ると四割近くがここに寄っていたという話を耳にした』


どこの観光サイトの情報だよ。

トリップ☆アドバイザーですか?


『時に白上と言ったか』

「はい」


司さんになぜか話を振ってきた。


『お前は誰の護衛としてここへ来ている?』


……これ、選択肢間違えると怒りゲージが上がるやつだ。

司さん、お願いします。

どうか正しい選択を……!


「閣下におかれましては、日本文化にお詳しくはなく、かつ一般人も神魔方々の階級までは存じません。ですので、閣下に無礼を働く者への警戒はもちろん、この度は多数の民間人の中に入ることになりますので……あらゆる事態を想定して同行させていただいております」


……最後で、説明投げたっぽく感じたのはオレだけか?


だが、正解だろう。

ここでオレたちの護衛、と言えばベレト閣下が危害を加えるというのかという話になり、王の護衛、と言えば護衛がいるほど余の力が足りぬと申すかみたいな展開になったに違いない。


答えは二択の外にある。


……しかし、司さんにしてはすごい長くしゃべったよな。

あまり長々しゃべらないで普段はもっと要約してくれてわかりやすい。

ていうか、最上級の敬語とやらがめんどくさいのか。


回りくどいからどうしても長くなる。それは忍も同じだ。


尊敬する。


『お前の階級は』

「特殊部隊の部隊長を務めております」


マジで!?

単独行動多いから、知らなかったです。

すみません、今まで不敬の数々。


『一番腕の立つものをあててきたというわけか。なるほど O MO TE NA SHI の国というのは本当のようだな』


なんでそこだけカタコトなんだよ。


もちろんつっこめない。


『ふむ、悪くない人選だ』


……何もしゃべってないオレも含めてご満悦の模様。


「ベレト様、そういうことでしたらスクランブル交差点は上からご覧になった方が、醍醐味がありますよ」

『うむ、案内を』


忍は渋谷駅から渋谷マークシティをつなぐ連絡通路に案内すると足を止める。


「ちょ、ここふつうに連絡通路だろ? おもてなしもへったくれもない場所だけど!?」


こそっというが、通路は広く、人通りも多くはなかった。

というか、ベレト閣下の姿を見たとたん、人がいなくなった。


……ちょっと便利だ。


「私もここへ来るのは初めてですが、俯瞰してスクランブルを見るにはとっておきの場所だそうです」

『ふむ』


閣下は通路のなんでもない窓から、交差点をじっと見ている。

オレもここからは始めて見た。


『人がゴミのようだな』

「お気に召しましたか」


怒り一本で来ていたその口の端が悪魔っぽくゆがんだのをオレは見た。

それよりどこかで聞いたようなその感想が気になってしょうがないんだが。


「このスクランブル交差点は、世界で最大級のものだそうです。時間にもよりますが、一度の青信号で交差する人の数は約三千人。交差点の規模もですが、人間の往来も世界で一番と言われています。……2年前までの人間世界での話ですが」

『人の世が存続していようがいまいが、ここまで見事に止まりもせずに流れるのはこの国ならではのようだ』

「日本人は、世界一、人込みで肩のぶつからない民族と言われています」


なんだよその情報。

さすがにジョークとか要らないから。


オレは忍の袖を引いてそれを言う。

心で叫んで、声は潜めて。


「本当だよ、秋葉。海外の実験で、各国の人たちをこういうふうにすれ違わせて何人ぶつかるか計測したところ、日本人だけ全くぶつからないから実験にならなかったっていう話」


日本人て忍者なの?


というか、その実験にはいったいどんな意味が。


『なるほど、確かに諸外国ではこのような光景は見られない。それで評判だったというわけだな』


すごい納得してらっしゃる。


『NINJA、というやつか?』


真顔。


「人種的に空気を読むのは得意ですね。NINJA、かもしれません」


やめろぉぉぉ!


悪乗りをはじめた忍に、オレの跳ねるような心拍音は聞こえない。

そして再び移動。


「ここは俯瞰するには良い場所ですが、人の流れを見たいのであれば交差点近くのカフェがいいかと存じます」


あぁ、2階とか3階にあるやつな。

そっちの方がまだわかる。


「スタバでいいかな」

「そのチョイス!」

「閣下の体格的にはホテル内にあるエスタシオンがいいと思うんだけど、ちょっと位置的に高いんだ。内装もいいし天井8mあるから、ゆったり空間なんだけど」


オレが敬語で話さないで済むのは楽だ。

が、意見を求められると困ることに気づいた。


うかつなことが言えない気分……


「閣下、彼女は人の流れがよく見える市民に定番のカフェと、さきほどのように高い場所にある閣下によりふさわしい内装の店を提案しています。どちらがお好みですか」


司さんが直接聞いたーーーーー!!!


『……今回はより庶民に近い位置で体験したいと思っている。前者の提案でよい』


即決した。


「スタバ……私、コーヒー苦手なんだけど」

「お前、普通にお茶する気なの? てか、コーヒー以外もあるから」

「コーヒーの香りは好きなんだけど、入ったことないからわからないんだよね」


その庶民の会話を聞きつけた閣下が声をかけてきた。


『余を事前に調べもしない場所に連れていくのか……?』


まずい。


「いえ、リサーチはしております。その店は全国展開しており日本人にはとてもなじみのあるブランドです。足を運ぶまでもなく、市民の間では有名で五つ星とは言いませんが、庶民星で言ったら、五つ星ともいえるかと」


庶民星ってなんだ。


『そうか……そこな飲み物が苦手と言ったが』

「彼女は進んでそのものを飲みませんが、閣下のためにご案内をしようとしております」


司さんのすごいフォローが入った。

そうだよな、この人、柔軟対応でフォロー上手って…


そんなのオレ知ってた……!(今更)


『そうか。そのような見方もあるな』


なんでも怒りの対象にするくせがちょっと軟化するといいんだが……


そしてスタバ。


人気店故、満席だったが、当然魔王が入った時点で、行く先である窓際が空になった。

……損失は国から補填してもらってください。


『うむ、なかなか面白い眺望だ。本当に肩一つぶつからないとは見事な限り』


なるほど、外国の人にとってはこれがアメイジングな感じだったんだな。

この国では当たり前のスキルが、実はものすごいことだったらしい。


日本人は、忍者だ。


「雨の日に来たら楽しそうだね」

『なぜだ?』

「あ、傘をさすので、色とりどりの傘が同じように動くさまが見られるかと」


渋谷について一時間位か……

異常に喉が渇いたので結局みんなでそれぞれ何かを頼んでいる。

飲み物を飲みながら、ごくふつーに話しかけてきた忍の話に疑問を投げる魔王。


傘か~

たしかに、わざわざ見に来たことはないけど、見事そうだな。

しかもそれもぶつからないんだろ?


水分を補給してほっとしたのかオレも少し余裕が出てきた。


「ご堪能されましたでしょうか」

『うむ。なかなかである。次はどこへ行くのだ?』


ベレト王の希望はふたつ。

スクランブル交差点と、通勤ラッシュ体験だ。


今日はもう午後なので、通勤ラッシュは明日となる。

性格もよくわからなかったので、それ以外はアドリブということになっている。

……日をまたいで案内とか、今から死にそうだ。


「池袋に有名な猛禽類カフェが……痛い!」

「それはお前の趣味だろうが!」


案内になんら躊躇するところがなくなってきたのか、言動の「動」の方が通常運行になってきた。

腕を思いきり引っ張って、迷わず止める。


普通に、無理だろ。

猛禽類の方がビビッて何の楽しみもない空間になるだけだよ!


『なぜ止めるのだ』


ひぃぃぃ。

ぎらりーんといちいち殺意が膨らんで見える疑問符。

巨体なので見下ろされているのも効果は抜群だ。


「カフェの猛禽類は魔界の生き物に比べればはるかに迫力に劣ります。姿かたちも似ておりますし、人間界では人気のスポットとはいえ、閣下には退屈と思われます」

「そうでした。ぜひ魔界の猛禽類をいつか間近で拝見したいものです」


司さんのフォローが絶妙だが、その上に忍が本音をかぶせている。

それがむしろ良かったらしい。

素直な肯定に、納得した。


「魔界にない場所と言えば、日本庭園などですかね?」


聞くな。今更。


『悪くはないが、余は動きのあるものを見てみたい気分だ』


そういえば、スクランブルにせよ通勤ラッシュにせよ、動きがあるよな。

今回はそういう感じなのか。


少しだけ考える。

……アドリブって言ったけど、普通に人間向けのスポットしか出てこない。


「では、方面的に逆ですが、アメ横に参りましょう」


人間向けのスポットではあるが、天井がないだけ圧迫感もなくていいか。

人間の市場、というのは魔王様には珍しいものだと、その時のオレはそれだけ思った。

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