魔王登場編(4)

到着したばかりなのに、出発する。

もう形式的に歓迎していた面子は、早くいなくなれとばかりに日の丸の旗をすごい勢いで振って、送り出している。


全員、目にもの見せてやりたい気分だが、オレはそんなものは持ち合わせていない。


「閣下、到着早々出発とは……休憩なさらなくとも大丈夫ですか?」


むしろこっちがもう休憩したい。

登場早々、精神的負担が大きすぎる。

ベレト王は、馬を降りてふつうに巨体で徒歩移動をしている。


……うん、まぁこれくらいの体格の神魔は街にもいるかな。

………………ずっと怒りのオーラを放っているところを除けばの話。

なんでお前そんなに通常運行なの? というくらい忍は普通にベレト王に話しかけている。


『余を誰と心得る。魔界の王があれしきのことで疲れたと思うか』


ヅゴゴゴゴ。


「いいえ、来日されるのは初めてでしょうし、公爵邸で一息つかれましても出てくるお茶は珍しいものかと」


心遣いと見せかけて怒りを回避する。

怒りのオーラは小さくならないが、明らかに怒る気配もなさそうだ。


『なるほど、確かに貴殿の言う通りではある。噂は聞けどもこの国にて召喚されたことはない。さぞかし変わったものがあるのであろうと期待している』


その期待に応えられそうな気がしない。


「そうですか。変わったものと言えば、日本の言葉は世界の中でも難解と言われておりますね」

『我々には言葉の壁など無に等しきものよ』

「えぇ、ですのでそちらもご堪能いただければと」


何を考えているんだ?

とりあえず、渋谷へ向かうべくそこまでは幸い車を用意してもらえていた。

特別仕様の車……これ、救急車仕様の特別車、改造してるよね。という天井が高く広いその車まで歩く。


迎える運転手と並んで……良心がいた―!!!!!


司さんだった。

忍と閣下が会話をしかけたところで合流。

護衛を務める旨と挨拶だけして車に乗り込む。


さすがにプロというか、司さんの礼は臆することもなく完璧だった。

余計なことも言わない。

というかすでに滅多なことでは私語厳禁な雰囲気だ。

ごく一部(主に本人)を除いて空気が重い。


オレたちは後ろ。

司さんは助手席。

一緒なのは心強いが、できれば一緒に後ろに乗ってほしかった……


『先ほどの続きを申せ』


ベレト王が忍に会話を促す。オレはまだ、というかこの先も会話できるか怪しいのでひたすら任すことにする。

ガイドは忍であって、オレはあくまで添乗……本部とのつなぎに過ぎない。……幸いだ。


「日本語には、尊敬語、謙譲語、丁寧語、それから普通にスラングやため口、と言った言葉があります」


ため口言っちゃったよ、この子ー!!


天気がよいと暑いくらいのこの季節。

冷房も効いているのに変な汗をかきそうだ。

司さんも前の席で、聞いてはいるだろうがサイドミラー越しに見ると薄い笑みを浮かべている。


……事態を共有できる人がいて、うれしいです。


『ため口、というのは何だ』

「敬語を使わない話し方ですね。他国では基本はここだと聞いておりますが」


そうだな、外国の人が来てすごく難解なのは、文法もそうだけど謙譲語と尊敬語の違いだっていうし。

というかそのふたつは日本人でも曖昧なまま過ごしてる人多いよな。


『余に堪能しろというのは? よもや、余に対して敬意を払わぬ口の利き方をすると……』

「いいえ、閣下におかれましては最大限の礼を払う所存です」


……忍の日本語が半端ない件について。

普通使わないよね、語彙力高いの知ってたけどすげーわ。

こんなしゃべり方、上司にだってしたことないだろうに。

外交官であるオレすらもちろん、ない。

日本では、普通に生きていたら一生聞くこともないような言葉のやり取りが展開されている。


「ご一緒します近江……私は彼を下の名前で呼ぶのですが、閣下の御前ではやはり不慣れでもファーストネームで呼んだ方がよろしいでしょうか?」

『どちらでも構わぬ』

「では、近江秋葉に対して、その庶民のため口で話してもよろしいでしょうか」

『…………』


怖い怖い怖い。


『なるほど、余とそちらの外交官……我が魔界の者との初めの接触者だと聞いているが、それを別格の扱いとして違いを楽しむという趣向か』


そうなのか?


『よいだろう』


……ちょっとわかってきた。


このヒト、礼儀に厳しいって聞いてたけどつまり、それをきっちり守れば意外とうるさくない。

今のはそういう意味で、忍が意図したかどうかはともかく、自分が上であるという扱いをきっちりされているだけに、怒る要素がない。


「ありがとうございます。庶民の中に入り体験をしたいというのであれば、より体験の度合いが上がるということにもなりますね」


取ってつけたな。今のは。


「だって、秋葉。良かったね」

「は? え、はい! 閣下、……お計らいに感謝いたします……?」


何か違う気がするが、オレにはそれが精いっぱいだ。

なるべくしゃべらないでおこう。


「ついでに護衛をしてくださる白上さんも私の旧知の仲ですので、より民間度を身近に感じていただくよう、同じ扱いでもよろしいでしょうか」

『許す』


今、間髪入れなかったけど明らかに司さんの方からも「!」みたいな反応が返ってきたぞ。

こいつ、つまりオレたちにまで一日仕事モードなの大変だから敬語スイッチ切っただけだろ。


しかし、なんとなくベレト閣下からは、噴出される怒りオーラが減ってきている気がする。

観光モードに入ったか?


そんなことを考えていると、第一の目的地……渋谷に到着してしまった。

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