魔王登場編(3)

そんなわけで。

オレたちの仕事は、当日の出迎えが済んだら都内を案内するだけだ。

……その「だけ」が一番難関な気がするが仕方ないだろう。

こんな時、ボーダレスな感覚の冷静な人間が一緒だと頼りになる。


「あ、司さんだ」


王と言っても魔界では爵位の一つっぽいので、あくまで関係者で歓迎して観光、というのが流れ。

司さんだけでなく特殊部隊の人が、何人も来ている。

遠目にスタンバって並んでいる姿を見た。


……小規模だけど普通に偉い人迎えるっぽい配列だ。

というか特殊部隊が複数人揃っているのは有事を見越してではなく、お迎えの形式であろう。司さんの服装もいつもの制服ではなく、正装に近い。

オレたち文官組は、いつもと変わらないんだけど。


人間側の偉い人も何人か来ていて、ダンタリオンの姿もそちらにある。

何か、初めてあいつがまともに仕事っぽい立ち回りをしているのを見た気がする。


「ゲートじゃなくてここで待つ意味があるわけ?」


オレと忍は案内組なので呼ばれるまで指定の場所で別待機だ。

通常、神魔はゲートと呼ばれる陣を抜けてやって来る。


そこを通る前に審査を受けたり、滞在用のパスを確認されたり、いわば空港の入国審査のゲートのようなもの。

直接迎えるならそこなわけで。

現在地は、ダンタリオンの、つまり魔界の大使館の一角だった。


「ゲートを通ってからこっちに直接来るらしいよ。ほら、あそこの床に紋章が書かれてるでしょ」


改めて見る。

だだっ広い家具も何もない部屋……というかフロアの装飾かと思ったが、あれはわざわざ書かれたものらしい。


「あれはシジルって言って……雑に説明すると召喚陣みたいなもの」

「丁寧に説明してくれない?」

「他の悪魔はどうか知らないけど、七十二柱は一人ずつ違った紋章、シジルを持っていて、それで召喚するんだって」


へぇ~な世界だ。

それにしても、いちいち書くのも大変そうだな。

所詮一般人にはその程度にしか見えない。


「でも今回は召喚じゃないだろ? 向こうから来るっていう話で」

「その辺はよくわからないけど、自分のシジルがあると通りやすいとか形式的にお迎えだからとかいろいろあるんじゃない?」


そうだった。

その辺りはダンタリオンに任せていたんだ。

でも召喚者なんていないからいずれにしてもこっち側が何かするという話自体はないんだろう。


「公爵から渡された指輪ははめといた方がいいと思うよ」

「……なんか慣れなくてなぁ……」


ダンタリオンから渡された、とはいえ普通の銀の指輪に見える。

これを中指につけておくようにとのことだった。

指先で転がしてみるけど別に何が書かれているというものでもない。

オレはこういうものは日常つけないから、引き合わされる前に着けよう、と思っていたわけだが……


「装飾品じゃなくて護符なんだよ。召喚者の場合はそれを常に誇示するようにしてないと、礼を欠いた次の瞬間に灰燼と化している可能性が……」

「……!」


次の瞬間、オレは光の速さで中指にそれをはめた。


「だからみんな指輪してるのか……」


前列に並ぶ人々は、もれなく銀の指輪をつけていた。


「本来召喚者は一人だし、そもそも召喚してるわけじゃないから、効果があるのかは謎だよね」


怖いこと言わないでくれるか。


「儀礼かな」

「逆にこんだけ全員で指輪つけてる方が失礼じゃないのか? 召喚主の印みたいなものなんだろ?」

「……みんな怖いんじゃないの」


わかる。

すごくわかる。

熱心に参拝するわけじゃないのに、試験前に限って合格祈願のお守りとか買っちゃうアレだよね!

(※正確には「買う」という言葉は使わない)

ダンタリオンが何も言わないから、今回に限ってはそこはあまり大事なところではないんだろう。


その時、プアーーーーという何か、楽器のような音が聞こえた。


「?」

「来るよ」

「はい?」


シジルと呼ばれた印が光を上げた。

あ、こういうのゲームとかアニメでよくみたことある。

……よく、というほど見てはいないが広告として流れてくる動画でありがちだ。

が。


「!!!」


光が大きくなって眼前を覆う。

ありがちなんてものじゃない。これは超常現象の域を軽く超えている。

光の中に響くジャジャーン!という音。

いくつものハーモニー。

どこからともなく、音楽隊の奏でるオーケストラの派手さと言ったら……。


「……音楽隊なんて、来てたか?」

「自前のようです」


ふと気づいて聞いたが、意味が分からずシジルの方を見た。

青白い馬に乗った、人間にしては大きすぎる体に甲冑。

威圧的な空気をまとった魔王が君臨していた。


「……」


自前。

言った意味が分かった。

その両脇を挟むようにして、トランペットを掲げた魔界の音楽隊が出現していた。

後ろには定番のストリングス、各種管楽器、打楽器、巨大なハープを鳴らす者もいる。


「……随分おつきが多いんだな……」


他に言葉が見つからない。

予想外のド派手な登場に、みんな違う意味でビビっている。


「あれはね、ベレト閣下が地上に現れるときの定番の演出らしいよ」


どういう演出だよ。

なんの意味もない感じしかしないわ。


続く演奏。

ジャジャジャーン、とミュージカル張りのBGMが流れてるのが異世界感すぎてどうしていいかわからない。

オレだけじゃなく、いきなりの演出にみんな戸惑う通り越して白くなってる。


「秋葉、資料くらい見たほうがいいよ。あれ、割と共通項目でちょっと調べれば出てくることだからね?」

「これ、明らかに事前に資料を読んでいたっぽい人もみんな度肝抜かれてるからな……?」


想像するのと実際見るのでは大違いだ。

たぶん、忍があまり動じないのは想像力の方が上回っていたからだろう。

脳内の世界の広さを感じる。


「人間の常識じゃ、神魔の方々は計りきれないからねぇ……」


せめて日本に来るなら、日本に合わせてくれよ。

言ったら消し炭になりそうなので静かにしておくことにする。


来て早々ダンタリオンが迎えの挨拶をしている。

ここからは少し遠くて何を話しているのかわからない。

けれど。


「何か、めっちゃ怒ってるよ。気のせいじゃないよな? 怒ってるよな」

「公爵が言ってたじゃない、割と常に怒っているって」

「常に怒る意味わかんねーよ。遊びに来たんだろ? 楽しいバカンスでなんで登場早々怒って……」


ゴゴゴゴゴ、と怒りのオーラが普通に見て取れるのでこれも威圧感を覚える原因の一つだろう。


「オレ、あのヒトの相手しなきゃなんないの……?」

「諦めろ」


そうする。

挨拶は済み、敷かれたビロードの赤を踏んで馬に乗ったまま、進んでくるベレト王。


『むっ』

「閣下、滞在中のご案内はこちらの……」

『貴様ぁ! あのソロモントライアングルは何だぁ!!』


ひぃっ!

地を揺るがすような怒号があがり、オレたちにつなぎを取ろうとしていた役人は悲鳴を上げて縮こまった。

というか、結構多くの人間が卒倒しそうな勢いで縮こまっている。


「閣下、今回は召喚ではなく御自らお越しくださっており、本来はあの結界も不要です。お気になさらず」

『正三角形であるはずが一辺が28mmずれておるぞ! たとえ指輪を身に着けていようとも、召喚を模すのであれば従う気はないっ! 覚悟せよ!』


全員が、指輪を捨てたくなった。


「なんだよあれ、ミリ単位とか王様の割に細かすぎるだろ!」

「なるほど、ダンタリオン公爵の言った『やかましい』というのはこういう意味か」


ひそひそと言ったオレに対して忍は冷静に寸評を下している。


『貴様ぁ!!』

「はっ、はいぃ!!」


名前も知らないどこかの部署の偉い人(多分)が、今度は目をつけられて震えあがっている。


『タイが曲がっておるぞ! 余を馬鹿にしておるのか!?』

「滅相もございません!」


すかさず直す。死ぬ気で直す。


でも多分、それさっきまでちゃんとしてたよな。

あんたの登場で度肝抜かれた時に曲がったんだよな。

目測ではまったく曲がっているようにも見えないんだが、とりあえず、ものすごくやかましいということだけはわかった。


あれの面倒を見るのか……


げっそりとオレはしてしまうが、そんな態度を見せたら何をされるか知れたものではないことに気づき、はっとして背筋をあらん限り伸ばす。

タイミングがいいのか悪いのか、あちこちに憤怒とともに駄目だしをする王の前に呼ばれた。


「閣下、こちらは本日から都内をご案内いたします者です」

「……あ、えと」


そういえば挨拶。普通でいいのか? 駄目な気がする―――――!!!

そう思ったのは瞬間だ。


忍があまり見たことがない礼をした。右手を胸の前に、左手は後ろに下げ腰を折る。動きがなめらかで、これにも異世界感を覚える。

というかもう、ここに来た時点でここは異世界といっても過言ではない。


「閣下、お初にお目にかかります。この度はガイドを申し付かりました。戸越忍と申します。隣に控えますのは、日ごろ魔界の大使であるダンタリオン様と交流深き外交官、近江秋葉です」


忍ーーーー!!

オレの選定眼は間違っていなかった。

オレの紹介までしてくれるなんて……!


あわてて頭を下げた。


『ふむ。……近江とやら、何を笑っておるのだ?』


忍に対する激烈感謝の表情が漏れていたらしい。

ゴゴゴゴゴ、怒りのオーラが燃え盛っているのが分かる。この時点で何に怒っているのか、ずっとこうなので不明であるが。


……とりあえず、顔があげられない。


「……。近江は公爵からベレト閣下の来日を聞かれまして対応を申しつかり、大変光栄なこととこの日を待ち望んでおりました。喜びのあまり声も出ないのでしょう」


一生に匹敵するくらいの借りが出来た。


『そうか。ではここから先はそなたらに案内を頼むとしよう』

「……大変名誉です」


オレ、棒読み。

その向こうでダンタリオンがにやにやと笑っているのが見えた。


こっちはもう死ぬか生きるかの瀬戸際だよ!

生きるか死ぬかじゃねーんだよ、死ぬか生きるかなんだよ!

あとで覚えてろ!

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