魔王登場編(2)

忍は形式ばった場が嫌いだ。

こなせないことはないが、単に価値観の問題だろう。

だから初めは秒速で断られたが、内容が都内観光であることを伝えると割とあっさり了承してくれた。


結局、巻き込む相手はこいつが適任だ。


ダンタリオンにはベレト閣下は自分から来ると言っているわけだし、公式訪問と違うから気軽に行ってこいと言われたが……オレには



逝ってこい



としか聞こえなかった。

訪問までまだ時間があるので、一度忍も交えて話をする。

もちろん、主な情報源は魔界の大使であるダンタリオンだ。


「公爵、ベレト閣下はどういうことをしたがってるんですか?」


ニーズの確認。

案内するにしてもルートを作らないとならないので、これはまぁ最初にした方がいいよな。

メモを取る準備をオレもする。


「とりあえず、渋谷のスクランブルと通勤時の満員電車を体験したいそうだ」

「おまっ……魔王がスクランブル見てどうするんだよ!」

「外見的な情報とかがまだ一切来てないんですけど、そもそも電車に乗れる方ですか」


そうだよな。満員電車に魔王とか、あらゆる意味で迷惑だよな。

体型云々の問題じゃないと思うぞ……


「ちょっと大きめの、人間タイプだから乗車は普通にできる」


ちょっと大きめの、ちょっと、が気になる。


「じゃあそこは、VIP扱いということで特例かな……」

「サラリーマンの皆様に迷惑すぎるんだけど、やっぱり専用車両とかダメなわけ?」


無難な線で提案してみる。


「通勤ラッシュの体験なのに、専用車両にしたら意味がないのでは」

「うっ、それは……全員サクラにして全力で通勤ラッシュする!」

「言い忘れてたけどベレト閣下はすぐ怒るタイプだから、というかむしろ人間界では怒りっぱなしな感じだからそれが疑似体験だったと判明した時点で、車両が火の海になるかもしれないぞ」


魔王……!


「体験だからねー。事前予告されてる避難訓練なんて意味があるんだろうかと思ったけど、そんな感じになるもんね」

「お前は実践体験したがりすぎなの!」


どうせなら抜き打ちですればいいのにという忍に、もっともらしいことを言う。

みんながお前みたいに冷静じゃないんだ。

予告がなかったらパニックになって、階段から落ちるやつとかいるかもしれない。

訓練で怪我人だしたら責任問題だろ、など。


「確かにそうだ」


そこで納得したからと言って、何も状況は変わらない。


「その車両に居合わせるだろう民間の方々には不運だったと思って、……いや、一生に一度しかない体験をしていると思ってもらって飛び込みで行くか」

「絶対何かしら不敬罪で火、吹かれるだろ。どっちにしてもみんな丸焼けの予感しかしないぞ」

「そこはすべてそういう仕様です、で押し切るしかない」


うん……そうだな……

オレは諦めた。

忍が前向きに考えてくれているのだから、頼ることにしよう。

オレはガイドではなくただの添乗員だと役割を脳内に作る。


「ガイドの方……お前に頼んでいいか……?」

「秋葉よりはうまくできるように善処するよ」


その依頼は想定内なのか引き受けてくれる。

オレは魔王という時点で無理なので、遠い目をしたまま感謝する。


「とりあえず、王様だし迎えの時だけちょっと仰々しくしてくれな。めんどくさいからそこら辺は直接、局長とかに話しとくわ」


この辺りは本来なら外交官経由で話が行くわけだが、在日歴が一番長いダンタリオンは勝手を知っている。

これ以上、何か聞くと不安要素が増えるだけなので任せることにした。


「通勤ラッシュって、どこが今一番すごいの?」

「ん~前に流行った働き方改革とかで大分、分散されてるみたいだしなぁ……やっぱり新橋とか新宿か?」


オレも多分、ラッシュ圏外なのでよくわからない。

とりあえず、サラリーマンの聖地を言ってみた。


「逆方面だよ。まとめられないかな」


件の魔王が来るのは午後からだという。

通勤ラッシュは朝だから、その他も企画しないとならないだろう。

……企画はまったく得意分野ではない。


「渋谷、新宿、もしくは東京駅地下ダンジョンの案内でもいいんだけど……魔界のヒトには別に面白いことでもないよね」


それは無駄に歩くだけだ。

というかダンジョンてお前。

言いたいが、実際地方から来る人にとってはその辺りが難関であることも知っていたので敢えてスルーする。


「普通に浅草寺とかでいいんじゃね?」

「魔界の王が寺と神社参拝か~シュールだなぁ。怒られない?」


確かに。

他の宗教とはいえ神仏に手を合わせる魔王ってどうなのよ。


「いや、観光だからいいんじゃないか?」

「本当に? 怒られないの!?」


真面目に考え始めたオレたちをひとしきり眺めていたダンタリオンが軽く言ってきた。


「日本の文化ってことで。それにあそこ、仲見世通りが活気あるだろ。神魔に人気のスポットだぞ」


お前らの日本への見方はいったいどうなってるんだ……?


「じゃあ公爵、他に神魔に人気のスポットってどこですか? ……なるべく日本ぽいところで」


そうだな、お勧めを聞いたほうが早い。


「ん~お台場の大江戸温泉〇語とか」


一緒に風呂入るのとか無理だから。


それ以前にそんなに長時間滞在するところ、オレは嫌だ。


「スカイツリーとか?」

「飛べよ。自分で」


普通に人間の観光スポットと同じじゃないか。

ダンタリオンの情報は参考にならなかった。


「神魔の世界にはそんなものねーんだよ。現地の人間に紛れて一緒に見学するのもひとつの楽しみなの!」


紛れるどころか、存在が浮きまくりなのが目に見えるわ。


「神魔の世界にはないものか~ ………夜景クルーズとか行っとく?」

「あ、それはいいな。何かもてなしてる感があるし」

「横浜発だけど、工場夜景とか割とマイナーな割に見ごたえあると思う」


………………。


「おっ、なんだそれ? オレは行ったことがないな」

「工場夜景は異世界感たっぷりで穴場ツアーですね。私が行きたい」


本音出たぞ。


「で、地味に花火して終わるんだ」

「確かにもうすぐ夏だけども……」


地味に、というからにはホームセンターで売ってる花火で庶民体験、みたいな感じだろうが……



線香花火を地味に垂らしている、まだ見ぬ魔王様の姿を思い浮かべてしまった。



「ギャップがウケそうだ。それなら自前のカメラ持ってくことにする」

「お前が楽しんでるだけだろう! もっと現実に即して! おもてなしの精神で!」

「他の誰も体験しないような庶民体験をしてもらうってけっこうおもてなしだと思うんだけど」

「怒りっぽいヒトらしいという情報を忘れないでくれ、頼むから」


その辺はまぁケースバイケースで、ベレト様の意向を伺いながら動くかと判断する。

気分次第でどう転ぶかわからないし、好みも不明。

確かにそう考えるとルートを企画すること自体、無駄な気がしてきた。


「そうだな、都内なら大体20分圏内で何かしらあるから、いいんじゃないか?」


途中から車を回してもいいしという話になる。

あれこれ考えても無駄そうだ。

だが、忍はダンタリオンと情報交換を続けているようなので、オレは一息つくことにした。

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