魔界の王がやってきた
1.魔王登場編(1)
日本は梅雨に入ろうとしている。
初夏の晴れ間と、梅雨前線の狭間で天候が不安定な今日この頃。
魔界の王がやってくるという情報が入った。
「魔界の王って……魔界の王!!?」
これがごく普通の反応。
大体、2年前までの通説では、それなりに知っている人でもルシファーだとかサタンだとかが有名。
しかし、今回はそちらの意味での王ではなかった。
「ベレト閣下はオレたちいわゆるソロモン七十二柱の一人で、85軍団を従えるその地位が王なんだよ」
「……一番上の人?」
「いや、王って言っても複数いるから」
ダンタリオンを前にオレは軽く頭を抱えた。
未だに、この辺の階級制度はよくわからない。
ただでさえ王が複数いるとかわかりづらいのに、元々王政すら辿らない日本人には理解しがたい身分制度だ。
ダンタリオンは公爵。
侯爵とか君主とかもいるらしく、どれが上なのかも全くわからない。
しかもいわゆる七十二柱の序列順にすると、これが入り乱れている状態だ。
この国にいるのは彼ら魔界の住人だけではないので、とりあえず、来日する神魔から順に覚えて行くしかないというのが現状。
ある意味、日々勉強である。
「その王様が……一体なんのために」
「観光」
この辺りは安定だ。
主だった各宗教圏から大体一人ずつ大使が駐在している。
例外はあるが、それ以外のヒトが来るのは大体、バカンスとか観光とかそんなもの。
「観光ならほっといても大丈夫だよな。おつきの人とかたくさん来るんだろ?」
「それがあの王様は意外といろいろやかましくてだな……」
なんだそれ。
「ていうか王様何人いるんだよ。閣下でいいの? 陛下じゃなくて?」
魔界という括りでひとつ、みたいにカウントしていたオレは呼び方すらわからずに聞く。
もはや話の内容から、外交官モードはオフになっている。
故に敬語もオフだ。
「陛下は魔界に一人しかいないんだよ。それがつまり、魔界の王」
「来るのは魔界の王って言っただろ」
「そう、ベレト閣下も王と言えば王」
こいつ、わざと言ってるだろ。
そういえば君主も王に近いイメージしかないけどどう違うのか。
謎は深まる。
「閣下、ていうのはある程度以上の位への尊称だな。陛下は階段の下から王を敬う言葉。ってかお前日本人なんだから、それくらい知っておけよ」
自動翻訳機能がついているようなしゃべり方をしているお前に言われたくない。
「本当は陛下って呼んだ方が機嫌はいいんだろうけど、ここ魔界外だし色々ややこしいからな」
要するに、ひとつの国内での領主みたいなものかもしれない。
そう思うことにする。
「で、なんでオレが呼び出されてここにいるんだ?」
話が堂々巡りになりそうなので、手身近に聞いた。
そう、今日はダンタリオンの方から呼び出されて来た次第だ。
おなじみのところなので、護衛官も形でしかついておらず、別室で待っている。
こんなしゃべり方をしているのは二人きりで話しているせいもある。
「それが閣下は体験型の現地観光……つまり、日本人により密着したガイドをご所望でな」
嫌な予感。
「お前のこと、ガイドで指名しといたから」
オレは無言でスマホを取り出し、通話モードをONにする。
2コールほどで相手が出た。
「助けて 忍!!」
開口一番、本気で叫ぶ。
『……何事?』
情報局のフロアにいるらしくちょっと待てと言われる。
待てない! 全然待てる話じゃないから! オレの心理的に!
通話は周りに漏れているであろう。
だから言う。
「仕事の話だよ!」
その間に移動したのだろう。
自動ドアが開く音ともに、端末越しの周りの雑音が消えた。
『仕事の話なら、個人の番号ではなくオフィスにおかけください』
「待て! 待ってくれ! もうオレには耐えられない!」
こういうところ、忍はすごく棲み分けをしている。
例えば電車内などで通話されると迷惑な理由を知っているからだ。
人間の心理として、相手が見えない、何を話しているのかわからないというのは非常にストレスを感じるらしい。
そんなわけで、仕事の話でも通常、個人の番号にはかけない。
しかし、オレのストレスの方が大変なことになっているので、かけた。
幸い、切られる前に言ったので回線はつながったままだ。
『だから何が起きたの』
「地獄の魔王が来るって言うんだ!」
「確かに魔界は地獄といってもおかしくないけど、そう言われると別物に聞こえるな」
ダンタリオンの感想はどうでもいい。
『……地獄の魔王……仏教系の方ですか』
「なんで敬語になるんだよ! そっちだったら怖くないだろ! もっと怖い方!」
「お前のイメージ、どうなってんだ?」
忍にそれで伝わるのか微妙だったが、伝わったらしい。
『魔界の方か。それで?』
「それで、オレに対応しろって言うんだよ!」
『……』
オレには無理だ。
しがない外交官だ。せいぜい慣れ親しんだ神魔とお茶するくらいで、魔界の王なんて……
魔王の相手なんて、無理すぎるだろ。
『今どこにいるの?』
「ダンタリオンのとこだよ」
「仕事なのに呼び捨てかよ」
へっとあからさまに馬鹿にしくさっている魔界の公爵は置いておく。
『じゃあしょうがないね。秋葉は「初めの接触者」だし、公爵は魔界からの大使なわけだし、上経由で断るにしても理由がないと……』
「じゃあその理由を考えてくれ! 全力で!」
「『初めの接触者』。肩書としては十分だからなぁ……むしろ断ったら閣下がどれだけ怒りまくるか」
びくり。
魔王の怒りという言葉だけが耳に入ってしまうオレ。
「ベレト閣下って言ったら、大抵怒ってるからな。人間なんて怒らせると吐き出す炎で焼き尽くしたりよくしてるし」
オレを脅すなぁぁぁーーー!
『秋葉? どうかした?』
「い、いや。……頼み事、変えてもいいか?」
オレは一番賢明と思われる選択を思いつき、忍に頼むことにする。
断られたら、すぐに情報局のターミナルに行こう。全力で直接頼むことももう辞さない。
『何?』
背後でにやりと笑うダンタリオンの気配。
こうなることを見越してか。
オレは言った。
「一緒に来てくれない?」
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