閑話休題(2)

「明日は大井町からスタートだったな」


大井町は品川駅から見てひとつ神奈川県寄りだ。

山手線からは一駅だけはずれることになるので京浜東北線を使うことになる。

そこから上野駅までの強行軍が予定されていた。


「でもなんで大井町なんだ? もっと山手線内の方が混みそうじゃないか」


オレの今更な疑問。

当然、忍が選んだ根拠はある。


「ある年において、全国のラッシュワースト1は東京メトロ東西線・木場から門前仲町間だった。……第1位のラッシュの車両に乗せる自信はない」


そうだな。

押し込んでも無理そうだよ。


「大井町もそんなに混んでいるのか?」


司さんも疑問。

自宅がそっちの方じゃないからあまりなじみがないらしい。


「大井町、品川間は6位の混雑具合」

「もうちょっと下でもいいんじゃないのか……?」

「それが、私もあまり馴染みのない線ばかりで……そこなら通学で使ってたから、普通に案内できる」


魔王の通勤ラッシュ体験を普通に案内できるという、意味の分からない会話。


「……そのラッシュを体験したのか……?」

「うーん、確かに駅員さんにサラリーマンが押し込まれてる光景もよく見かけたけど……6位をとるほど激戦区だとは全く思ってなかった」


何、飄々としてるのこの子。


「あれが6位であれば私はメトロ線も行ける気がする。一人なら」

「無暗にチャレンジ精神旺盛にならないでくれ」

「でも経験者がいるなら、未知の場所に行くよりマシか……置いてかれたらシャレにならないしな」


というか関係ない駅で降りてしまったら大惨事だ。魔王様のお守りもあるからして。


「ラッシュはいい。大体想像できる。そのあとどうしますかという話」


本題の本題に入った。


「今日の感じだと、どこへ行っても仕様ですで押し切れそうな感じはするな」

「じゃあ秋葉さん、明日は仕様ですでどこかへ案内してください」

「すみません、でしゃばりました」


意見を言うことは全くはばかっては来ないし、忍にそのつもりも全くないのはわかるが、そう言われるとこう返すしかない。

忍は持参したコンビニ産のオレンジティー(1リットル)を無造作にグラスに注ぐ。

飲む?と聞かれて、オレと司さんももらった。


「お前、これ一人で飲むつもりだったの……?」

「ホテルは乾燥するから飲み物必須なんだ。なんとなく甘みがないと頭が働かない気もするし」


常にフル回転だもんな。

脳が糖質を欲しているんだろうか。


「ともかく、仕様で押し切れるなら降りる駅を変えて短くしてもいいかと」

「マジで!? できるならしてくれ!」


大井町から上野駅まで大体所要時間は30分くらいだろうか。

朝から魔王様に気を使いつつ、ラッシュに巻き込まれるなど死ねと言われているようなもの。


なるべく手早く済ましてもらいたい。

それは司さんも同意だろう。好き好んでラッシュに巻き込まれる奴なんて……



まぁ迷惑な体験したがるどこかの魔王様くらいだよな。



「どこで降ろすんだ?」


ほら、降りるじゃなくて降ろすって言った。

降ろすんだよ、オレたちが降りるんじゃないんだよ。

司さんは重々、役割を承知している。


「秋葉原」

「そこで降ろしてどうするんだ……さすがに電化製品には用がないだろう……」


しかし、発想が飛び越えている忍のアイデアはそんなものでは済まされない。


「メイド喫茶にでも連れてくか」

「なんでメイド喫茶なんだよ! ダメだろ!」

「どうして?」


また素朴な疑問。

オレが聞きたい。

どうしてその発想が出るのかと。


「日本文化と言えば文化かもしれないけど代表だと思われると著しい誤解になる!」


それっぽいことを言った。


「でも結局、店に連れて行ってそこに接客させるのが楽だと思う」


……要するに忍も面倒になってきただけか。


「俺は反対だ」


珍しく司さんが強硬な口調で忍の意見に反対している。


「ベレト王だぞ? 登場したときのことを忘れたのか」


……。


ちょっと黙す忍。

自分が不敬を問われていないせいか、失念しているようだが、三角形の一辺が3センチ程度ずれていただけで怒りゲージがMAXになるようなヒトだ。

メイド喫茶で不敬が出たら、その事態を治める側の、主に司さんの労力は計り知れない。


「確かにそうか……結局人に任せるより己の力か……」


なんでそこはシリアスモードだ。


「でもそこは事前に『仕様です』『異空間です』って言えばいいんじゃない?」

「……」


あっさり打開策が返ってきた。

司さん、そこは妥協しない方がいいと思います。


「……俺の任務は護衛だしな。うまくやる自信があるなら……?」


悩まないで!!

いや、ある意味、仕様ですの持って行き方が他人任せではなく防衛ラインになるのなら、己の力と言えば己の力だ。

それを信じ……られるのか、この状況で。


司さんもちょっと疑問形になってんじゃねーか。


「でも私自身が入ったことないから、まずいか。何が起こるか何も想定できない」

「そうだな、やめとけ」

「しかし、魔王様のモエモエキュンとか永久保存で写真に残しておきたいレベル」


このくらいはテレビを流し見していれば、知識として入ってくる情報である。


「お前何のために案内してんの!? 駄目だろそれ、のちのち恐喝の材料にしかならないだろ!」

「……………………悪魔相手なら逆に、護身用になるのでは」


真実を知った時に怒り狂って燃やされるからやめとけ。


「もー明日のことは明日考えればいいだろ~? ほんと、疲れるから休もう」

「「……」」


あ、一番何もしてないよね的な空気を感じる。

確かにオレは沈黙してあらぬ気遣いばかりして疲れていた。

と、気になったのでオレに対する空気は敢えて気づかないふりをして聞いてみる。


「そういえば忍は、初めから割とベリト様に平気で話したりしてたけど怖くないのか?」


いつもといえばいつもだが、今回はいつものそれとはレベルが違う。

恐怖の大魔王とか言われてもおかしくないレベルのヒト来ちゃった状態だし。


「一歩間違えれば灰になるのはわかっている。だから、あの態度で強行している」

「?」


むしろあの態度だと一歩間違えたら灰にされそうだと思う。

ので、オレには無理だ。


「公爵から聞いてたでしょ? 召喚したときから常に怒っていて、従わせるのも難しいって」

「王様だからな……従わせつつ礼儀払うってどういうことだよ……」

「礼儀は払う。けど、従わせるには毅然として命令しないとダメなタイプなんだよ」

「つまり?」


特に先も考えないで促す。


「下出に出ると言うことを聞かない」

「……」


思い当たる節があるような。


「怖がっている人たちの言うことを聞くタイプではないってこと」

「ほとんどみんな怖がってただろ」


ピンポイントでオレというより、対応できる人間の方が少ないのでは。

……その内、二人が目の前にいることを今、まざまざと知ったオレは感謝すべきだろう。


「だから召喚できた場合は、礼儀正しくかつ契約の証を見せつつ毅然と「お願い」するのが正解なんだろうね」


わかるような、わからないような。

しかし、礼を欠いて命令すれば『言うことなど聞くか』になり下出に出れば『言うことなど聞くか』になることは目に見えているので……って、どっちも結果一緒だ。


「自尊心の高い偉い人ってびくびくした人を前にすると余計助長するものだよ。そういう人には同じように毅然としていた方が、スムーズに話が進むんだ」


それ、人間相手の事例だよな。

でも結局、心理的には同じってことか。

納得したところで話が特別進むわけでもなかった。


「確かお守りは昼までだよな。朝から通勤ラッシュしてそこまで体力持つと思う?」

「だからなるべく消耗を避けたいんだ。相手は別の人にしてもらえるようにとか、相手してる時間を削減したいとは確かに思う」


オレの思っていた以上に、忍も疲れる一日だったらしい。

全然そう見えない。


「そういう意味ではラッシュにかこつけて山手線一周したら45分くらい稼げる」

「なんでそっち方面に解決方法が行くんだよ!」

「日本では、山手線に乗って3周すると、とても幸運になると言われています」

「新しいジンクス作んな」


これもう疲れてる。

普通に疲れてるやつだ。


「忍、お前早く寝たほうがいいぞ」

「そうだね……せっかくきれいな夜景の部屋なのに、パトラッシュと一緒に眠ってしまいそうだよ」

「……やめてくれ。お前がいなくなったら明日オレはどうすればいいんだ」

「そうだった、パトラッシュの行き先は天国だから、閣下の前でうっかり言ったら殺される」


そういう意味ではない。


「いくら著名でも魔界の王がフランダースの犬とか知らないから大丈夫だろ」


司さんも疲れてませんか。

顔に出ない人たちというのは大変だ。


「やっぱり時間つぶしなら大江戸〇泉か~あの辺ならいろいろあるし、ジョイポ〇スで適当に遊んでてよ」

「遊びに行くんじゃないの!」

「私、リスーピア行きたい」


リスーピアとは……お台場にほど近い、理数の魅力と触れあうための体感型ミュージアム。

理数に興味を失い始めた子供たちに危機感を抱いたあのパナソニックが作った穴場スポットだったりする。


「そこは前に行っただろう」

「司さんと行ったんですか」

しんが」


とりあえず、司さんの妹が忍と同種であるらしいことはちょっとわかってきた。


「いいから部屋に帰って休め。あと一時間以内に」

「まだお風呂にも入ってないんだよー」

「入ったらすぐに寝ろ」


考えていてもどうにもならないことが重々わかり始めたオレたちは、明日の決戦(?)に備えて体力だけは温存することにした。

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