3.名前に込められる意味

この人に言われると、それ以上の意味があるようで必要以上に驚いてしまうのだが。


「まぁ、日本の名字にはほとんど由来がありますからね」


大体名字を見れば、出身やルーツがわかるという。

中には「適当に付けました」というところもあるというのが、日本人のちょっととぼけたところだ。


「君の名前にはどういう意味があるんですかね」

「深い意味はないと思います。紅葉が好きとかたぶん、そんな感じじゃないですか」


両親に聞いたことはない。


「昔、鬼、という名前がついた子が多かったのを知っていますか」


また突然、ふってくる。


「鬼平犯科帳」

「渋いですね」


いやそれしか思い浮かばなかっただけです。


「概ねそんな感じです」


清明さんが時代劇見てるところか想像できないんですけど……

意外と俗っぽいのだろうか。

想像しかけて、やめておく。


「鬼も色々な意味がありますけどね。鬼瓦はにらみを利かせてその場を護る意味があるわけですし」

「……鬼っていうと、桃太郎的なイメージしか普通はないですけどね」

「鬼門、というのは鬼が守るというより鬼が入ってくる方角というイメージですし、普通はそうでしょう。人霊が鬼に落ちるという事例もありますし」


あるのか。

怖いな、陰陽道は。

あまり深入りしたくない方面だ。魔界の貴族が現出している現在、そんなふうに思うのは交流頻度によるのだろうが。


「そういう意味で言うと、庶民がわが子に鬼という字をあてるのは、魔よけの意味もあったんです」

「神じゃなくて鬼なんですか」

「ハロウィンの仮装もそうでしょう?」


……そういえば、この間のハロウィンでそんな話が出たことを思い出す。

仮装をするのは本来、悪霊やらなにやらから身を護るためなのだと。

そうか、同じ理由か。


「鬼や魔から人と思われて攫われたりしないように、といったところかと」


要は擬態ということだろう。


「だから過去の裁判で『悪魔』という子供の名前が禁じられましたが、ある意味あれは魔よけとしては理にかなっている」

「親にその気がなかったから却下されたんじゃないですか」


世間一般的には単なる中二病なんだろう。

悪魔は駄目だが出日瑠(デビル)とかならきっと許されていただろう。読み方は戸籍には記されないそうだから。

不条理だ。


「そうだろうね。そう思わない人が多いから差別的な人生を歩むことになるというのが判例になった要素なんだろうけど」


今の時代なら歓迎されるかもしれない名前というのは皮肉なものだ。


「そういう意味で、気になっている人が他にもいて……」

「? 誰ですか」

「白上兄妹です」


司さん……は、なんだかわかる気がするんだが直接話をしたことがないだろう森さんも、というのはすこしひっかかった。

あ、でも名前の話だから……


「名字の話ですか」

「それもあります」

「名前も?」

「何分、そういうことが仕事で趣味なもので」


趣味を仕事に出来るっていいよな。

素直に思う。


「白上……上が白い?」


白い上?

どっちも同じだ。しっかりしろ、オレ。


「しろがみ、ではなくしろうえ、ですけど。……暗喩としてぱっと見、白神という音しか当てはまらないんですけど」

「清明さん、職業病です」


神とか魔とか文字見すぎだろう。


直感的にオレは思う。

こういう人は直感がすごいはずだから、意味がありそうだけど、今の流れからだと誤変換後のクロスワード的なひらめきにしか思えない。


「そうなんですよね。神とか魔とか文字見すぎなせいでしょうか」


……清明さん、読心とかしてないですよね。

心の中で思ったが反応がないので偶然だろう。

ため息をついている。


「白はわかりませんが、神で見ると司さんは神をつかさどるみたいなことになりますよ。凄い人だなとは思うけど、全然そういう人外な感じじゃないです」

「えぇ、私もそう思います」


人外というか中二病設定には程遠い、真人間だ。とは言いにくい。


「けれど彼の刀は……」


言いかけてやめた。不知火ですね。知ってます。

神というより霊獣の類のようだから、また違うんだろう。


「妹は森、でしょう? 何かひっかかることが?」

「シン、これには当てはまる音が多すぎて意味が分からず。だから余計に気になるのだけれど」


あーそういえば確かに。

言われるまで気づかなかったが、シン…新、信、真、神……スマホで変換かけるだけでものすごい数の文字が出てきそうだ。


「初めて聞いたのが、戸越さんによるもり、という言葉だったせいもあるんでしょうが」

「なぜかもりちゃんて呼んでますよね」

「なんとなくシンちゃんだと違和感があったそうです」


もりちゃんの方がオレ的には違和感なんだけど。

男性名の方がシンが先に来る名前が多いからだろうか。

新一、真平、……周りにいないのであまり思いつかないが。


「モリ……盛」


思わず取り出したスマホの漢字変換で真っ先に出てきた。


「杜、銛、護」

「……すみません、オレの予測変換その文字ずっと後ろの方です」


完全に職業病だ。休んだ方がいい。

……楽しそうではあるのだけれど。


今の真剣になってきている様子は忍が割とくだらないことを真面目に考えはじめる時の、思考モードON状態に入った空気に似ている。


「そうか。普通はそうだよね、……まぁ意味を後付けするのも人間だから、自分なりに答え合わせを楽しむことにするよ」


にっこりとこちらに戻ってきた。

すごいな、確かにそんなふうに考えるとあの人たちの名前に意味がありそうだと思えて来る。

特別自分から飛び込んだわけでもないのに、この時代に合わせたように生きている。そんな感じすら思える。


……のは、話し相手が清明さんだからであろう。

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