20.勝算と破算

「おぅ。来たな」

「局長! 森さんは」

「司に一度戻るよう言ったんだが、それどころじゃなくてよう」


不利な戦況。主戦力である司さんが抜けたら、これ以上どうなるかわからない。

忍はなぜか、ダンタリオンに無線を繋いだ。


「公爵ー取れますか」

『なんだ! この忙しい時に』

「魅せ場です。司くんを一時こちらに戻してください。5分持てたらかっこいい、10分持てたら神」


なんちゅー言い方だよ。


『妹が来てるな。いっそ司からあの剣とってオレが戻った方が早くないか』

「司くんに一生恨まれる気があるならそれで」

『オレはマゾじゃない』


しかしこういう時は頼りになるのだ。ダンタリオンは瞬時に司さんの方へ移動すると、何事か叫んで肉声で伝えている。無線は一応持っているが、その方が早いのだ。

同時に、ミカエルから放たれた攻撃をはじいて向き直ると、挑発を始めている。司さんも時を同じくして、離脱。


すぐに戻ってきた姿は、痛ましいものだった。


「不知火」


やはり不知火に留める役を頼んでいたのか、森さんの確認すると森さんに声をかけるより先に、不知火の名を呼ぶ。


クゥ…と不知火は耳を伏せがちにして、小さく鳴いた。


「司くん、不知火はちゃんと止めようとしてた。私がアスタロトさんに森ちゃんをここに連れてくるようお願いしたんだよ」

「……」


あちこち破片で切ったような裂傷ができて、大きなけがもしている。それはオレたちから見れば、の話で司さんはまだ鮮やかな赤色に染まったばかりのそこを抑えてもいない。止血は済んでいるのだろうか。

今起こっていることとは別の心配をしてしまう。


「司、剣を渡して。代わりは不知火が戻ってくれる」

「局長」

「あー、妹ちゃん、すまないがこれは俺より上の奴らが決めたことでな……その剣の管理権は司に全権があるから俺からはどうにも言えねぇよ」


剣を渡すように何とか言ってくれという意味だったのだろう。和さんを呼んだが、そういってかぶりをふられ、ため息をつかれただけだった。


「司くん、ここへ来たのは森ちゃんの意思だよ。それを汲むことはできるでしょう?」

「……。そういう問題じゃないんだ。リスクが大きすぎる」

「こんな状況になっても?」


忍が援護して、森さんがそう言い放つ。ここを抜けることが最優先、そんな状況になってきている。だからこそ、司さんは毅然とそれをはねのけることができていない。いずれ。時間だけが過ぎいていくだろうことをオレは感じ始めていた。


けれど、生贄なんて言葉を聞かされたら誰が黙ってそれを差し出せるだろう。他の多くを救うために、ひとつの犠牲を払うかどうか。この現代の日本で、そんな選択を迫られるなんて、きっと誰も考えない。


「こんな状況だからだ」

「ならなおのこと。そんな格好になるまで司が死線に出てるのにそれを見て、平気なわけないでしょう? 私がやる」


二人の兄妹のやりとりを、周りは複雑な目で見て、聞いている。

ここにいる誰もかれもが事情を知らされているし、以前「それ」を見た人もいるはずだから、危険性もその力も知っていたはずだった。

だからこそ、護所局とは本来関係ないはずの、ただの女の人にそこまでやれとは誰も言えなかった。胸中で各々がどう思っていようとも。


「……違うかな、私もやる、か」

「……」


五分……は経ってはいない。異様に長い時間に感じるが、一刻を争うのも確か。それでも司さんは黙って首を振る。


「まだ勝算は残っている」

「どのあたりに?」


視線がどういう意味でか忍に向いた。


「私に召喚をさせるのはいいよ。でもそれを理由に森ちゃんを止めろというのは無理」


察している。合わせてほしかったのだろう。しかし、忍は森さんの意思を優先している。前回と同じように。


「司の気持ちもわかるがよう、妹ちゃんな、その気持ち以外にも大人の事情ってもんがあるんだ。察してやってくれ」

「すみません、私も一応大人なんで」


全く譲る気がない。こうなるとテコでも動かない。おそらく忍と同じならそれは一緒。だから司さんはこんな時は譲る。けれど、今日はそういうわけにはいかない。

だから、話を打ち切って戦場に戻ろうとした。その時だった。


「…っ!?」


完全に森さんやオレたちの方に意識が向いていた司さん。その横から、いるはずのない何者かが、その剣を掠め取った。


「本須賀!?」

「隊長、駄目ですよ。優しすぎたらみんな死にます」


少なくとも。全員が司さんの味方ではない。「他人を犠牲にすれば助かる」と考えるのは少なくはないだろう。突然に現れた本須賀葉月のその声に、驚いた者の同意をする人間はこぞって視線を目の前から逸らしているのをオレは見た。


「またお前か。お前は謹慎中なんだから少しは大人しくしてられないのか」

「局長、今おとなしくしてたらみんな死んじゃいますよ?」


そう言って。本須賀は森さんの方に歩を寄せ、それを差し出す。


「それに、森さんが望んでいるんでしょう? スサノオを投入すれば初めからもっと有利に進められた。そんなの前回の戦いを見ていた人なら誰だってわかります」

「だぁーから、事情があるんだってばよ」

「はいはい、下々にはわからないことですね」


ふふ、と笑うその手から森さんは剣を受け取ってしまう。今度ばかりは忍もそれをどうのとは言えなかった。

これが、森さんの望んだ選択だから、だ。


「白上隊長に権限があるとはいえ、ただの私情も否定できない。違いますか」

「……」


それもあるだろうことは否定しなかった。

誰だって、家族を、二度と戻らないかもしれない危機にさらしたいなんて思わない。

まして司さんは、そのために護所局に入ったのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る