21.荒神

「……小娘、よくわかっているじゃないか」


十握剣を手にした森さんの口かららしからぬ言葉が発せられる。

表情も、その笑い方も、もう森さんのものではなかった。


「司、俺を活かさなかったことは後悔させてやる。すぐに片をつけてな」


ダン、と地面を蹴ると強化も受けていないはずの森さんであった「それ」はあっという間にビルの壁面を利用し、上空に到達する。

そして、そこにいる天使を斬り捨てるとさらにそれを足場にして一気にミカエルに肉薄した。それを口をあけながら見上げる情報局の人々。


「行っちまったか」

「局長、戦線に戻ります。不知火」


新しい刀と、不知火を連れて司さんもそれを追う。戦力的には増強。これは間違った選択とは言えない。


「私も行きますね。ここまで被害が及ばないよう、最善を尽くします」


本須賀は場違いすぎる笑みを浮かべてその場を去った。


「っ、何が最善だよ」

「御岳さん」


包帯であちこち処置を施された御岳さんが、地下鉄の入り口から現れて毒づく。


「最善を尽くしてたらはじめからこんなことになってねー」

「大丈夫ですか? さっき、すごい高さから落ちてたみたいですけど」


いつもの笑顔は消えていた。舌打ちしそうな機嫌の悪さで司さんたちの戦線を見上げる御岳さんの手には刀が握られている。


「受け身取れたから。復帰する」

「てめぇは足をやられただろ。足手まといだ、文字通りな」

「利き足残ってるから関係ない。空中戦でうまくやりゃいいんだろ!」


和さんの制止は、はじめから意味がないと知っていたのかやれやれと煙草をふかして見送っている。


「死に急ぐには早いんだよ、お前ぇらは」

「だから不吉なこと言わないでください」


戦況が再び変わりだした。ミカエルに着いてきた天使は今までとは比べ物にならないものばかりのようだったが、ふたたび巻き返す。


『スサノオが入った。動きは一期が視界に入れておいてくれ』


司さんの声。全体無線に了解の声が返る。

だが、傷ついた人間が上空で動くたびに、赤いものが降って来ては、アスファルトにぽつぽつと染みを作っている。

視線を落としてしまうと大雨ではなく、降り始めの雨のようなそれが地上にいるオレたちからは、ことさら異様なものとして目に焼き付いてしまう光景だった。


『第三班、欠員。補充不可能です』

『六班合流、編成を三班に改称します』


「まずいな、やっぱりスサノオの投入は人間側にとってよくない」

「清明さん」


森さんの姿が現れたのを見て、清明さんがこちらに姿を現した。局長が声をかける。


「清ちゃんよぅ、やっぱりあいつらは連携ありきだったな」

「何諦めたような声出してるんですか、和さん」

「そうじゃねぇ。だが……乱れた。どう転ぶかはもうわからん」


次々と悲鳴が上がり、落ちていく。

今回は組織戦として連携の前提があったのだ。

想定外の事態に、ただでさえ負傷者が出ていた端からそれが崩れていく。


事前に組まれていた作戦は、もはや機能しないほど系統が乱れ始めていた。


『第二期、江藤。戦闘不能です、回収してください』


いくら庇ったところで、一度崩れたそれを戻すのは容易ではない。

ついに死者が出た、との報告が入る。


「今まで出ないのが不思議なくらいだった。俺たちぁ、よくやったよな」

「だから、悟ったようなこと言わないでもらえますか。タバコ。取りあげて踏み潰しますよ」


森さんの意思を尊重したからには忍も自分に責任を感じてはいるだろう。だからこそ、本意ではないとわかりながら和さんが嘆く言葉に苛立っている。


「それは困るなぁ。風下行っとけばいい?」

「そうしてください」


スモーカーを風下に移動させて、忍は空を見上げた。


「……」

「お前、召喚するかどうか、考えてる?」

「後のことを考えると厳しんだ。でも、今を切り抜けないと後はないんだよね」


後?

どのあたりまで考えているのか。局長は、スサノオ単独で様子を見させて特殊部隊には一旦退くように指示を出している。息をつく間にスサノオが、ミカエルについに一刀叩きこむ。返す剣を躱して跳んだ、その後方にはウリエル。


「!」


くるりと反転して、森さんの姿でスサノオはまさかの大天使の胸ぐらをつかんで静止する。


「おい、お前」


その声が、近くにいる誰かの無線から入った。


「天使のくせに器とよろしくやっていた奴だろう? ちょっと手伝え」

「……残念だけど、僕は介入できない」

「使えないヤツ」


チッという舌打ち。森さんの姿で違和感がありすぎる会話だ。が、この会話から察することができるのは。


「スサノオでも厳しいってことか?」

「どうだろう。あっさり戦線に戻ってるから、よくわからない」

「スサノオは荒神。破壊神に近い性格を持っている。だけど、頭を使わないわけじゃないんだ」


清明さんがより堅固な結界を拠点に維持すべく、術者に指示を出しながらそう言った。

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