9.浅井さんと羽(前編)

事件は現場で起こっている。

一般の黒服武装警察と神魔専門の特殊部隊は、全く行動を別にしているかといえばそうでもない。

人間・神魔、混在する事件も存在しており、あるいは見廻りは圧倒的に一般警察が多いことから、あとから特殊部隊が応援要請を受けて合流、なんていうのはままあることだ。


その日、事件の発見者は一緒に公館訪問をしていた外交官と情報局の職員。

初動対応はたまたま近くを巡回していた一木秀平属する見廻り組。

そしてさらに、応援要請に応じた一番近くにいたのは会議で参集していた、特殊部隊の部隊長と副隊長。



……浅井さんのこの日の不幸は、この数奇な偶然から始まる。


発端は「盗撮」という犯罪だった。

盗撮されていたのは女子高生のようなノリのかわいい観光神魔二人組で、盗撮現場を端末で記録して抑えたのは忍だった。


……本人に了承を得ない限りは盗撮になるのだろうか。

すると忍は盗撮現場を盗撮したということになるのだが。


ともあれ、ここで女性の敵は通報となるわけだが、その前にその事実を知った神魔女子は、怒り狂った。


人間であれば「信じられなーい」「変態!」くらいの罵りで済んだのかもしれないが、どの種族も女子の怒りというのは恐ろしい。


盗撮犯はボッコボコにされて、現場の駅構内へ続くエスカレーターは緊急停止。

収拾がつかなくなった彼女らを治めるために、特殊部隊が到着した頃には神魔女子の気は済んだらしく、事態はのきなみ沈静化していた。


「申し訳ありませんが、調書を作りたいのでお話を少し聞かせていただけますか?」

「あっ、もういいわよ。犯人は絞りあげたし、あとはその人に聞いて?」

「記録撮ってくれたみたいだもんねー」


神魔が被害者になる軽微な事件(破損はありがちなので軽微である)では、こんなふうにさばさばと時間を確保したがるヒトも多いので、よほどでないと深追いはされない。


本人たちがいいと言ったら、いいのである。


そこはしつこくすると被害が拡大することもあるので、神魔側からお許しが出ればそれでいいという人間側の畏怖と敬意の象徴的な対応だ。


「パスIDだけ記録させてください」

「はい、どうぞ。お巡りさん、おつかれさま」


(自分にとっての)悪しきを砕くが、労う相手は労う。

日本に来る神魔のヒトたちは、こざっぱりしている。


「で? ……秋葉と忍が第一発見者なのか」

「記録はあげるから一木くんのお手柄にしていいよ」

「マジですか!」


いや、駄目だろそれは。

面倒なのはわかるが、ここから丸投げしようとしている。

なら初めから関わらなければいいじゃないかという話だが、忍のアレは自分が悪事を撮影されているとは思っていない犯人を撮影して証拠抑えとこ、みたいな程度の話だろう。


過剰な正義感は持ち合わせていない。


「記録はもらいますが、譲渡の必要はないです」

「シャンティスさん、酷い」

「誰がシャンティスさんだ」


物損が起きてしまったので、関係者以外はKEEP OUTの黄色いテープの外である。

見廻り組は駆けつけてはきたが、ぶっちゃけすでに破壊行為は始まっていたので一緒に悲鳴上げて、人払いして応援呼んだくらいの仕事っぷりだった。


「はい、記録。シャンティスさん」

「……」


浅井さんは、以前、あるゲームアプリで忍と一木の所属するギルドのマスターをやっていたらしく、時々ユーザー名で呼ばれている。


顔を合わせることがなかったら、一生お互いその正体を知らないままだったろう。

忍はともかく一木に知られたのは、致命的だった。


「司、俺、南さんに報告あるから先戻るけど」

「じゃ、オレここに残る。しめさば、先戻ってて」


なんだよ、しめさばって。

第二部隊、御岳さんのお付きで来ていたらしき人の顔色が少し悪い。ニックネームなんだろうが……


きっと、他人の前で使ってほしくないやつだ。


「……まっさきに駆けつけたの、浅井だから、担当浅井な」

「人の部隊に仕事擦り付けるのやめてくれないか」

「だってあの一木ってやつ、知り合いなんだろ?」


一木は懲りない。

浅井さんは基本、控えめでお気遣いの人だがあまりの一木の傍若無人な発言に、目の前は喧々囂々(けんけんごうごう)としていた。


「特殊部隊の試験に落ちたくせに何大きな顔してるんだ。社会人的にソシャゲの話題を仕事中にふってくるのはアウトだろう!」

「あっ、自分は上位組織に入れたからって。オレだって、ギルド内じゃ無双してるでしょ!」

「給料つぎ込んで無双とか金で買えるチートだろ!」

「オレはアプリの運営に一役買ってるんです!」


一理あるが、ゲーム内で無双する人間と、現実内で無双できる人間は実際のパラメータが反比例していそうだと、ゲームにあまり詳しくないオレは思う。


「一木くんは、ゲーム中でも大体あんな感じだった」

「あんな感じってどんなだ」

「ギルマスをギルマスとも思わない言動っぷり。まぁ同性だったからなんだろうけど」


それを仲が良いとみるか、一木のキャラが濃すぎと見るかは人それぞれだろう。


「浅井がヒートアップしてきたな。これは、あれが見られるか?」

「あれってなんですか」

「見てのお楽しみ―」


御岳さんはそういうとそれでも二人の間に割って入った。

司さんは処理が進まなそうなので、自分で調書の確認と事後処理作業に入っている。


「一木って言ったよな。浅井がギルマスなんだって?」

「隼人さんまで、やめてください!」

「まぁまぁ。だって浅井の方が給料いいし、勝ち組だろ?」


ぴくっ。


一木と浅井さんが同時に反応した。

先に、それを言葉にしたのは一木だった。

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