浅井さんと羽(後編)

「高給取りなのに、あのレベルはおかしい! シャンティスさん、さぁ、もっと課金して!」

「遊び方はそれぞれだろう! 俺は廃人にまで上り詰めたくないんだ! 年間通して複数ソシャゲに金つっこんで財布をからにしてる奴に言われたくない!」


……時代の変化ポイントだったとはいえ、国家機関の警察に一木が入れたこと自体が奇跡っぽいし、給料的には負け組じゃないと思うんだけど。


「お金って、いくら入って来ても貯たまらない人は貯まらないらしいよ」


忍が静観しながら真理を呟いた。


「むしろ、宝くじの高額当選者はその後、人生が破綻するケースが多いんだって」

「なんか怖いな……過ぎたものを手にしてしまったような話だ」

「一木くんが高額当選したら、絶対ろくでもないものにつぎこんで、あっというまにゼロに戻るに賭けてもいい」


オレもそっちしか考えられないので、賭けにならない。


「負け組だのなんだの言いますけどね! 命張って高給取りって勝ち組なんですか!? そういう意味ではオレは地味に市民の生活を守りながら、自分の生活も守ります」


後半それっぽいの付け足しただけだろ。

むしろ自分の生活守るのにせいいっぱいだろ。目に浮かぶわ。


「しかしあれを言ったら、隼人さんや司くんのことまでバカにする発言になるわけで」

「そこで渋い顔をしているのはわかるけどな、この話題、最初にふった御岳さんずっとにやにやしながらあれ眺めてんぞ」


眺めているだけで、それ以上の仲介もしなければ、仕事もしていない。

現場が片付いてきた。


「言ったな……言ってはならないことを……」

「あ、司さんや御岳さんは違いますよ? ギルマスなんてやってない時点で人生勝ち組ですよね」

「羽ぇ!!!」


一木のユーザー名。フェザー。いかにも、軽い。


「お前にとっての勝ち組の証を見せてやる。……」


謎の溜め。


「クズ龍閃!!!」

「ぎゃああ!? 現実で必殺技とか卑怯!!」


まさかの技名からの、刀を使った遠隔攻撃が繰り出されてしまう。


「浅井さん……」

「出たな。ゲーマー遊び」

「いや、あれ遊びなんですか!? なんか、どこかにありそうな技名ですけど、大丈夫ですか!!?」

「きっとあのクズという言葉はフェザーさんにあてたごみクズみたいな意味であって、韻が同じ技があったとしても字が違う」

「いや、解説するとこそこじゃないし」


すっごい意外なんですけど。

浅井さんは良識人で、特殊部隊には技名叫びながら戦う人はいないはずで……


浅井さんはそのまま壊れたエレベータを駆け上がって、逃げ惑う一木に攻撃を繰り出している。


ゴン。


「煽るな御岳」


その最中、真後ろから御岳さんは、司さんの拳を頭上に振り下ろされた。


「いてーな! 滅多に見られないんだからいいだろ!?」

「あとで自己嫌悪に陥られても困る。お前は用がないならとっとと帰れ!」


司さんが片付けたばかりの現場は、再び散らかり始めている。


「……浅井さんが技名とか……」

「そもそもギルマスやってるくらいなんだから、その手のゲームはやってるんだよ」

「それって何てやつ?」

「知らない」


知らないわけないだろ、お前も所属してたんだろ。

多分それ言うと、自分の趣味の一端がバレるから言いたくないんだろう。


忍は同じ趣味の人間だと判明しない限り、そういった話題はほとんど漏らさない。


「それにしても、今日の浅井さんは生き生きしている」

「……」


その感想、本人があとで聞いたら、追い打ちだぞ。


「一木くんが無事だから、手加減してるんだろうか」

「いや、あれ本気で逃げ回ってるだろ。一歩間違えたら抹殺だろ」

「浅井さんって、すごい速いね、司くん」


今更。

しかし、確かに、イフリートの事件の時より動きがシャープに見える。

あの時は、満身創痍の状態で合流したせいもあるかもしれないが。


「浅井は切れると一番速い」

「……戦闘時は、一木くんを連れてスイッチを入れた方がいいのでは」

「判断力が落ちるからダメ」


ごく理論的に却下されている。


「理性と速さが反比例ですか……」

「人間なんてそんなものだと思うけど」


そう言われれば、理性的に考えてる分、動きが遅くなるのは当たり前だよな。

浅井さんは普段とても理性的だから、今、それと引き換えに若干何かが解放されているわけか。


「浅井! そろそろ戻るぞ」

「! はい」


司さんが声をかけるとあっさりすぎるほどあっさりと、浅井さんはいつものテンションに戻っている。

その足元では一木が踏みつけられて、あと一歩というところで刀が突き立てられそうな体勢であるが。


「一木にはあとで謝罪文を書いて送らせてくれ。俺が検閲するとも伝えて」

「はいっ!!」


真面目に働いていた、あるいはなぜかちょっと「いいなー」みたいな感じで彼らを眺めていた黒服の見回り組が、良い返事をした。


検閲入れないと、何書かれてるかわからないからな。

社会人ならまともな浅井さんに、まともに謝れ、一木。


「なんか……盗撮一つでも、神魔相手だとすごい事態に発展するんですね……」

「とどめを入れたのは人間だ。御岳にはこうなった経緯報告を書かせたい気分だ」


当の御岳さんはもういない。事態が収拾したので、さっさと逃げたらしい。


「今日は顔合わせが悪かったね」

「一木とシャンティスさん……じゃなかった、浅井さん、あんまり仕事で合わせない方がいいんじゃ?」

「わかってる」


そうだな。異動試験の時に司さんも一木の性格を完全に把握したようだから。


「クズ龍閃を生で見られた……」

「動画で撮っておくんだった……」

「投稿したら再生回数半端ないよな」


それな、内部の恥の上塗りと、浅井さんが始末書書く羽目になるから絶対やめとけ。




見廻り組は、相変わらず中二病気味だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る