5.銀の堕天使は空泳し

それは、出てきたときに、ずるり、と音が聞こえたような気がした。


「……………………ヒトデ?」

「ヒトデにしては大きすぎるだろ!? それ、何!!?」

「私たちが聞いているんだけど……」


…………。

ヒトデというか、もっと無機物に見えるのは気のせいだろうか。

でも、真ん中に目があって……


真ん中に、目!?


「お、なんだお前ら。悪魔掘り当てたのか?」


ダンタリオンがやってきた。

みんなが輪になっているその中心に、視線を落としてまるで、何か釣れたな、くらいの調子で言っている。


やっぱりこれ、悪魔なのかーーーーーー…


「公爵、知り合いですか」

「それな、七十二柱のデカラビアだ。ヒトデに擬態してるっぽいけど間違いない」

「なぜ擬態。というかなぜ埋まっている」


デカラビアと呼ばれた悪魔から反応はない。


「……寝てるな」

「……砂に埋もれたまま?」


司さんからも思わず疑問。

砂風呂も真っ青な深さに全身埋まっていたのだからそうだろう。

むしろ、生体反応がない感じなので、何か事故にでも遭ったんじゃなかろうかと思ってしまう。


「そいつ、植物とか石の隠力に精通しているんだ。……そこが寝心地良かったんじゃないのか」

「それは本人に聞いてみないと何とも言えないけど……」

「寝ていたのなら、掘り起こしたのは迷惑だと思う。でも何か潮が満ちてきてる気が……」


波の穏やかなビーチだと、潮の満ち引きはあまり気にならない。

忍と森さんはさっきからこの辺りで遊んでいたので、前線がせりあがってきているのを見ていたのだろう。


このままだと、生き埋め&水没必至。


「どうしよう。……とりあえず、戻しとく?」

「それは何の解決にもなっていないだろう、公爵」

「水没しても死なないと思うけど、起こしとくか」


善良な観光客と判断して、乱暴に揺さぶる魔界の大使。

その時、巨大な影が全員の上をゆっくりと横切って行った。


「?」


全員で見上げる。

巨大な銀鮫が、悠々と宙を、舞うように泳いでいた。


「何あれかっこいい!」

「あれもどう見ても悪魔! ダンタリオン! お前のとこ、どうなってんの!? そんなに観光客来て魔界の方大丈夫なの!?」


なんだかわからないが、確信はあったので訴えてみる。

他にも客はいるが、神魔であることを知ってかそれとも珍しいアトラクションだと思っているのか概ね、好意的な反応だ。


日本は今日も平和ダナー


『そこにいるのは、ダンタリオンか』


向こうから気づいて、鮫というには大きなヒレを優雅に翻して近づいてきた。


「よぅ、久しぶりだな。フォルネウス」

「あ、フォルネウスって聞いたことある。昔、お世話になりました」


森さん、何の話ですか。


「忍は知ってるのか?」

「すごいねー フレームもない空を泳ぐ姿が壮観だ」

「聞いてる?」


よくは知らなそうだ。

調べてもいいが、荷物が向こうなのでめんどくさい。

知らなくてもよさそうなことなので、放っておくことにする。


『なんだ? 人間の子どもを連れて。お守りか』

「すみません、オレたち子どもじゃないんですが」

『面白いことを言う。我々から見たら人間などみな、子供のようなものだ』


生きる年齢的なものだろうか。

どこか雄弁にそう語って、フォルネウスと呼ばれたそれは笑った。


「フォルネウスは言葉に博学だからな。秋葉なんてすぐにいいヤツなんて思って、終わりだぞ」

「終わりの意味が分からない」

『別に取って食うつもりはない。魔界の空も良いが、人間界の空も良い。今日のように風が清かに、空が高い日は心地よく過ごせるものだ』


このヒト、本当にダンタリオンと同じ悪魔ですか。

ころりといいヒト、と思ってしまいそうなオレが確かにいる。


「ちなみにフォルネウスは元、座天使だ」

「それってつまり……」

「堕天使ってやつだな。最も堕天した奴なんてほとんどが反逆罪だから、今の世界にとっては正に、人間には味方なやつも多いと言えるかもな」

『お前は、余計な知識を人に与え過ぎだ。召喚者でもないだろうに』


反逆罪。


そういえば、ざっくりと悪魔を分けると元々魔に属していた者、異教の神、堕天使の三つに分かれると聞いたことがある。

そして、堕天の理由は、それぞれだが多くは反逆罪であると。


……いつの時代の話だろうか。


「ところで、フォルネウスさん……すみません、爵位が分からないのでさん付けなんですが」


忍が一応、断りを入れてから話しかけている。

ダンタリオンが横から、侯爵だと教えている。

下のヒトデも同じらしい。


「では、侯爵。ひょっとしてこちらのデカラビア氏はお連れですか」

『ふむ。昨夜から見当たらぬと思っていたが……』


どんだけ埋まってたんだよ。


フォルネウスは爵位の呼び方には気にも留めずに、優雅に中空にとどまっている。

……日影が出来て、しかも風が来るので、ちょっといい感じだ。


「埋まっていたところを掘り起こしてしまったんですが、戻した方がいいでしょうか」

「そこはもう戻さなくていいだろ!?」

「そんなことを言っている内に、戻す場所が水没し始めてるぞ」


司さんに指摘されて見ると波が少しずつ海岸の方へ寄ってきている。

同じ場所に埋めることも、もう叶うまい。


『キュウシュウの方も回ったのだが砂風呂をいたく気に入ったようでな。その延長でここに埋まってみたのだろう』


理解不能です。


『その様子ではしばらく起きそうもない。適当にどこかで、寝かせておいてくれないか』

「仕方ねーな。オレのとこで保護しておくから」


親切に珍しい、と思いきやこれは……


ちゃっかり仕事として、保険に加入しているダンタリオン。

魔界から爵位持ちがふたり来ており、ここで保護しただけでそれは確実に仕事の理由に出来る。


自分にとって害はないので、何も言わない。

ダンタリオンはよっこらせと意外と大きい星型の悪魔を背負って、パラソルの方へ戻った。


『時にそなたは秋葉と言ったか』

「え? あ、はい」


残ったオレたちがそれを見送っていると、かかる声。

こちらを向いたフォルネウスの、銀色の翼鱗が陽光にきらめいている。

忍じゃないが、確かにきれいだとは思う。


なんとなく丁寧な感じなので、こちらも恐怖を抱かずに済む。

はじめのダンタリオンのあれはただの脅しだろう。


と、思う時点で悪魔の恐ろしさも見てきたはずなのに、のど元過ぎればだなとは思う。



『初めの接触者、か。まぁ、ダンタリオンが気に入るのもわかる気はするな』

「えぇっ、どういう意味ですか!?」

『みなまとめてということだ』


言葉に長けると言ったが、逆に長けすぎているヒトの言うことはわからないことも多い。


『さて、私は空中散歩の続きを楽しむことにしよう』


首をひねっているとフォルネウスは、大きくゆるやかに、水中浮力さえ感じる動きで海の方へ去っていった。


「なんだか、お近づきになりたいヒトだなぁ」

「きれいだよね」

「森。そういう基準だけでやたらと神魔と交友関係を結ばないでくれよ?」


司さんにしてみれば自分だけで十分ということだろう。

証拠に


「……司くん、私はそういう基準でやたらと神魔と仲良くなってもいいのかな」

「……結局、こっちまで飛び火するから、お前も自重してくれ」


すでにこちらの世界に身投げしてしまっている忍に対しては、その程度だった。




ホテルにも、土産屋にも、ビーチにも神魔の姿が入り混じっている。

さすがにリゾート地というべきか。


日本自体を保養所みたいにしている神魔たちだから、なおのことなのかもしれない。



……なんとなく。


神魔の友人が見つからない方がおかしいのでは、と思い始めた今日この頃だった。



EX.夏のバカンス編 了

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