陽陰暗鬼編

1.さいごの「人の大使」(1)

清明さんの依頼は、奥が深いようで浅いことが多く

浅いようで、深いようにも思う。


例えば、神父ラース・クリーバーズの失踪事件は、結果が「自主失踪」というオチで終わった。

しかし、清明さんは彼の性格を事前に把握していたようだった。

当然に「初めの接触者」の肩書で協力してほしいという時は、割と真面目な依頼が多い。


清明さん自体がオレからすると、謎な人なので、頻繁に交流があるわけではない。

もっとも「術士」という人たちはどこか特別で、みんな謎だった。


いずれにしても、意味はあることなのだろう。


今回の依頼も。




「日本に現存する『人間の大使』と友達になってほしい」



それが、今回頼まれたことだった。

これは異例だ。

その言い回しも、やんわり優しい……


と、いうか清明さんの性格も相まって

「あの子いじめられっ子だから仲良くしてあげてね」

と先生から言われたような、妙な心地でもある。


決していじめられっ子などという情報はないのだが。


手元に来ている資料に視線を落とす。



『 エシェル・シエークル 21歳 性別:男


  フランス国大使であり、在日歴は2年半。

  残存する人間国家の大使としては、唯一となる

  なお、本国との繋がりは現在、きわめて希薄 』



希薄と言うことは、ぎりぎりの連絡手段はあるということだろうか。

もう、諸外国は連携できるほどの力を持っていないので、治外法権も働いていなかった。


神魔と同じく、大使としてそこに住み続けている。

という程度の存在感。


そして、人間の大使館が「そこ」を除き、機能していない今、管轄する部署すらないのが現状だった。


「それにしても、友達って言い方は……目的がわかり辛くて困るんだけど」

「じゃあ清明さんに聞きなおしてみれば」


例によって、情報局からは忍に来てもらっている。

こちらのデータを使う可能性があるのと、書記官の役割も持ってもらっている。

護衛はついていなかった。


何せ、一般の人間の大使館への訪問だ。

そちらには、護衛官がいることはいるが、神魔はいっさい関係ない。

だから、こちらもそれなりに防備なく、訪問する。


「また、そんな簡単に言う……」

「どうしてそこで聞かないのかが疑問だよ。清明さんなら必要なことなら答えてくれるし」


何か疑問に思っても偉い人相手だとなんとなく聞きづらいというのは、日本人あるあるだ。


「いい年して友達になって、って言われただけで比喩なのか隠喩なのかも意味不明だよ」

「でもこの人、21歳じゃない。……大使にしては若すぎない?」


確か、前任の大使は50代だったと、事前に調べてみたらしく忍は首をかしげている。


「大学出なら超えるよな」

「学歴がどれくらい重視されているのかわからないから何とも言えないけど……」


場所は港区南麻布。

……麻生というと高級なイメージしかないが、果たしてどうなのか。

行ったことはないが、車が連れて行ってくれる。


「ランドマークがないから、アクセス図だとよくわからない」

「どれ」


空調の効いた車内で忍からリーフレットを受け取る。

病院や、寺社の名前はあるがそもそもその地区に疎いので、全く分からない。


「有栖川宮記念公園……てどこ?」

「知らない」


自前のモバイルで検索している。

なんとなくではあるが、目的地の場所がわかった。


「山手線の田町と恵比寿をまっすぐ結んで、ちょうど中間あたりだ」

「うん、わかりにくいけど、わかりやすい」


山手線は環状に都心を回っていて、田町と恵比寿は東西に分かれて位置している。

地図を見ないとわからなかったことだ。

敷地が異様に広い。


忍は衛星写真モードにする。


「……建物も広いけど、ほぼ森林だ」

「池があるかと思いきや、これってプールじゃないか?」


森に埋もれるようにして、池というには妙に平坦な水色の水場らしきものがあった。

そんなことをしている内に到着だ。


「大使館って、内情よくわからなかったけど2年前当時は17部局もあって、職員は180人もいたらしいよ」

「それが住んでるんだから、そりゃ広いか」

「緑地2.5 ha、水使用量の20%が雨水回収でまかなわれる。……すごいエコだ」


そこはもう、興味でしか行き当たらない情報だ。

忍はさすがに歩き端末をやめると、建物を見た。


「すごいきれいな建物だな」

「なんだか、もったいないね」


ハイテクガラスが多数使用されたカーブを基調とする、調和の取れたデザインはどこか鳥を思わせる。

メインファサードは、フランス大使館庭園に向けて開かれた窓のようだ。


建物内に入る。

人の姿はなく、がらんとして見えた。


「職員はほとんど残っていないから、当然と言えば当然なんだろうけど……」


2年前に消えた人、おそらくは本国へすぐに撤収した人、理由は様々だろうがこの状態では居残る理由もないだろう。


17の部が何を担当していたのかわからない。

けれど、それもおそらく今となっては意味のないことだ。


その時、広すぎるエントランスにカツ、と靴音が響いた。


振り返る。

と、そこには小柄な少年……いや、スーツを着ているし青年か?が立っている。


「……ひょっとして、あの人が」


まだ距離はあったが声はことのほか通った。

銀髪の青年は、一度立ち止まってこちらを伺っていたようだが、すっと歩を寄せてきた。

顔を見合わせて、こちらも二人で向かう。


いずれ他に人影はない。


「君が初めの接触者、『近江秋葉』君かな」

「え、えぇ。近江です。はじめまして」


またその触れ込みかと思いつつ、軽くあいさつをする。

あどけなささえ残りそうな細面の青年は、じっとコバルトブルーの瞳でこちらをみつめる。

髪はライトの加減で銀かと思ったが、わずかに黄味がかっている。

プラチナブロンド、というやつだ。

同じ金髪でもラース神父は黄色みの強いゴールデンブロンド。


……髪の印象と、本人の性格が比例するのかはわからないが、青年は酷く落ち着いた怜悧なまなざしで……


「…………」


すみません、どうしていいのかわからないんですが。


まるで品定め……というほど露骨ではなかったが、見られているというのは確かなので、なんとなく動くにも動けない。

忍がそこから、時間を動かした。


「あなたがフランス大使のエシェル・シエークルさんですか?」


そう言ったことで、視線が忍の方へ向いた。


「あぁ、そうだよ。君は?」

「戸越 忍です。情報部から書記官として随行しています」


年も若いが、外見も若い。

年齢的には日本なら大学生なのだから、当然なのだが服装がラフなら大使などとは誰も思わないだろう。


全く笑いもしないその様子に、和やかとは言えない対面であったことを感じるが、彼は応接室へと通してくれた。


「……君がここへ来ることを聞いてはいたけれど、実は目的を聞いていないんだ。何の目的で来たんだい?」


え。


それこの人に今、聞かれる疑問なの?


清明さん、勘弁してください。

とても「友達になりに来ました」と言える雰囲気じゃないです。

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