さいごの「人の大使」(2)

「それは……」


つい、助けを目線で忍に求めてしまう。

ここで自分がでしゃばってもいいのだろうかという躊躇が見て取れる。


が、話が進まない。そして、その様子でエシェルの視線が自分に向いたことで、忍は口を開いた。


「実は、私たちも明確な指示があって伺ったわけではないんです」

「……と、いうと?」


エシェルは答えは忍の方にあると思ったのか、そちらに体を向けた。


「このフランス大使館は、日本で最後に残った人間の大使館だと聞いています。だから話をしてきてほしいと」


そこで一度、区切った。

嘘は言っていない。

清明さんの「友達になって」の意味は不明だが、話をしてほしい、は合っているだろう。


「おそらく、長らく情報交換がなかったので、情報の確認をしたいのだと思いますが」

「そうか……」


そこまで聞いてエシェルは、黙って瞳を伏せた。

さすがに大使なんてやっていただけあって、見かけに反し、随分と雰囲気や行動が大人びている。


「それにしても、二年も経って今更か」


痛いところをついてきた。


「その間には一度も?」

「いや、来たよ。復興が始まったころにね。本国との連絡が難しいことを報告したけど、それ以来はさっぱりだ。……利用価値はないと思ったんだろう」


ひどい言い方をする。

だが、放置されていたのであればそうもいいたくなるだろう。

神魔がもてはやされる一方で、それまで重要な責務についていた彼は、見向きもされなくなったのは今の話から、容易に想像できる。


「利用価値って……」

「あぁ、すまない。僕は合理的に話をするのが好きなんだ。別に、何の感情も込めてないから安心してくれ」


ますますお友達になれない気がする人種だ。


「その利用価値が何を指しているのかはわかりませんが……でも、本当にそうであれば今更、秋葉……失礼、近江をここへ派遣するでしょうか」

「……確かに、本当に捨て置くなら生活のサポートをしてくれることもないだろうね」


相手が少年のような姿にも見えるせいか、うっかりオレのことを下の名前で呼んで訂正する忍。

エシェルは全く気にかけていないようだ。


「サポートというと?」


オレが聞く。


「見ての通りだよ。本国からの物資などには、期待できない。人もいない。もっとも仕事もなくなったから、人員は必要ないけどね。それで、警備や物品の配給などは、君たちの国の政府から援助を受けているよ」


精神的に、厳しい状況にも思える。

そこはやや同情するが……



お友達の意味たるやいかに。



まだ不明だ。



「利用するほどの価値はなくても、時々は外部情勢を仕入れている。それを提供しているから、まぁこういった待遇は最低限なのだろうけど」

「……他の職員の人たちは、本国に帰ったんですか?」


忍が聞いた。

人がいないのは、周りを見ても、当人の話からも明らかだ。


「異例の緊急事態だ。すぐに帰国要請はかかったよ。でも、フライトした飛行機自体が無事に本国へ着いたかどうかは、あやしいね」

「……エシェルさんは戻らなかったんですか」

「……エシェルでいい」


意外な一言。


「僕はもう、大使なんて役は勤めて無いに等しいし、本国でも年下扱いばかりされていたからね」

「プロフを拝見しましたけど、21歳でしたっけ? 大使としては異例の若さでは」

「日本と違って飛び級制度があるからね。実力があるか天才であれば、政府機関にもシンクタンクにも年齢不問で入れるよ」



……………つまり、自分が天才ということか。


オレの質問に、はじめてふっ、と笑った姿に



友達、無理だろ。



オレは思う。


「エシェルさん……エシェルは天才として評価されてたんですか?」

「敬語もいいよ。僕がもう敬語なんて使ってないのに、そっちが気を使うのはフェアじゃないだろう」

「じゃ、エシェルは天才?」

「ま、そういうことだね」


ちょ、こっちの会話が普通に進み始めた。

……忍が、ボーダレスなのは通常運行だが、そうか、人間相手でもイレギュラーな相手だとこうなるのか。


連れてきてよかった。一人じゃ間が持つ気がしない。



「それで、話を戻すけど今更情報の確認っていうのは何をする気だい?」


清明さんに聞いてください。

無難に答えることにする。


「多分、お一人で残っている他国の大使の方を気にかけてるんだと思いますよ」

「まぁ最低限の礼は払っておかないと、世界情勢が変わった時に不利に働きかねないからね」


ダメだ。

合理的な表現だとわかりつつ、つきあいがないせいかそう聞こえない。


「清明さんという、割と中央に顔が利く方がいるんですけど、正直なところあなたと友達になってきてくれという


 全く意味が分からないミッション


を受けているんです」

「忍ーーーーーーー!!!!!」


言っちゃったーーー!!


こういうところが「なんで言っちゃいかんの?」みたいな感覚なんだろう。

空気読め! と言いたいが、実は疑問を口にできない人間は、空気を読んでいるのではなく役職持ちに対して、自分から一線引いているというだけなのかもしれない。

何より、忍はこれでものすごく空気を読むタイプだ。


それでふと、オレは思った。


「……」


思い切り発言を止めようとしたオレの勢いか、忍のカミングアウトにか、エシェルはしばし、きょとんと驚いたような顔をしていた。


そして、少し考えるようなしぐさを見せて


ふっ、とその口元が笑った。


そう、これだ。

大体、聞くに聞けない人間の代わりに聞く人間は、拒絶されることの方が少ない。

聞いてしまえば大したことがない反応が待っている。


それはオレも別の人で何度か見ているので、知っていた。

本当は。

だから、一線引いているのは、こちらの方なのかもしれないと思い至りはしたんだ。


「僕と? 友達に?」


そして、小さく声を上げて笑い出す。


「本当に意味が分からないな。どうも指示を出したのが君たちのずっと上にいる人間だというのが気に入らないが、君たち自身に他意はなさそうだ」


そして、初めて普通の笑顔を彼は見せた。

よほど、何かを警戒していたのか雰囲気が大分変わる。

怜悧なまなざしに、鋭さが残っているのは相変わらずだが、空気は少し和らいだように思う。


「僕から聞きだせることなんて、ないよ。まずこれは情報として持ち帰ってほしい」

「わかった」


素直に従う忍。

エシェルはことさら、利用価値などないから何か企んでも無意味だと言いたそうだ。


「その上で、友達になりたいというのなら……まぁ、努力をしてみたらどうかな。僕はいきなり友達ごっこをするほど、おめでたくはないんでね」


友達になるのに努力が必要なのかという、根本的問題。

忍は気にしていない。


「努力は嫌いだけど、つまり友達になれる可能性……というか、チャンスはあるってことかな」

「君たちのミッションなんだろう? 僕は無下に拒否するほど感情的でも稚拙でもないよ」

「天才、って精神的にも早熟なんですね」

「大人の中に早く入るからね」


普通に会話してるわ、こいつ。

もうベリト閣下の時みたく、任せておけばいい気がしてきた。


「僕は、人任せで何もしない人間は嫌いだよ」

「……!」


笑みを消してこっちを見ている。

見透かされた。


もうぎくりとするしかない。


「秋葉のいいところは諦めの早いところなので、でしゃばらない・無理に近づかない・むしろ無理だと思ったら逃げる、だからそこは理解してもらえると」

「……それはポジティブに捉えられる要素なのかな」

「私的には、無駄に距離を詰めようとするタイプより付き合いやすいです」


お前、そんなふうにオレのこと思ってたのか。

……素直に喜んでいいのか、微妙。


「なるほど。じゃあ僕にとっても悪くないな。干渉されるのが嫌いでね」

「じゃあ、お友達レベル1から始めさせてください」

「まだゼロの段階なんだけど」

「……………」


どうしろと。


「余計なことを言わないのは、好印象だ。加点」

「まさかの試験方式?」

「『友達は選ばないと』だろう?」


合理的な人間に言われると、本当にふるいにかけられるみたいで、ちょっとつらい。

そして、これは仕事という名のミッションであることが、事態を複雑化している。


「今日のところはそんな感じで。さて、せっかく来てくれたんだから僕からも聞きたいことがある」


そして、ふいにエシェルは笑顔を消した。

真顔になって分かったが、はじめは何か、怒りにも似た暗い感情があったように思う。

感情的ではないと言ったが、今の顔と少し、印象が違う。


「聞きたいこと?」

「あぁ、人間として、今の『世界』をどう思っているか、だよ」


そう問われたのは、ひどく複雑で、考えるには時間のかかる深い疑問だった。

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