4.海辺で遊ぶ女子二人。

ダイニングキッチンもすごかった。

ビュッフェスタイルなのに、広いカフェテリアのようでストレスがない。

忍と森さんは、壁面の魚のワイヤーアートや浮き球をモチーフにしたペンダントライトなど、細かい趣向に喜んでいる。

そういうところに気づく人間がいると、さぞかしここを作った人たちも喜ぶのではと思う。



すみません、オレはワイヤーアートにすら気づきませんでした。


そんなわけで翌日、ビーチに出ても二人の楽しみ方は大分、違っていた。

……というよりも、楽しみ方が多岐にわたりすぎていてふつうに泳ぐ、だけでは足りていない模様。


「うーん、確かに忍とは言え、水着の女がいると華がある気はする」


思わずつぶやいてしまう。

学生時代からの付き合いだが、海はおろかプールに行ったという話ですら聞かない。

正直、水着姿というのは新鮮だ。


「秋葉……」


聞かれた。


「いや、オレ女性を寸評しているわけじゃないですからね!? ダンタリオンが昨日そんなこと言ってたから……!」


なぜ、弁解しているのか。

なんとなく、この人には白い目で見られたくないからだろう。

これくらいの会話は普通なんだけども、相手がどこで線を引いたらいいかは改めて謎すぎるのが問題だ。


相手というのは、隣にいる司さんしかり、女性陣しかり。


「あっ! お前、オレのせいにするのか!? 大丈夫だ! お前は妹のことは言ってない」

「そういう問題じゃねーんだよ。オレの品性に関わる問題だ。お前の企みは初めから成り立ってないんだよ!」


会話の外から眺めている司さんの視線は感じるが、こいつの口を封じるのが先だ。

しかし、そんなことがオレにできるわけはなかった。


「企みも何も普通にツカサだって男だらけでこんなとこバカンスに来たくないだろう!」

「……」


いきなりふられて、ちょっとの間。


「同意だな」


ふっと視線を流してなぜか自嘲気味な笑みを浮かべる、司さん。

そうだな、友達グループでもない男同士でバカンスとか、ちょっと嫌だ。


冷静な人を見ると冷静になれる不思議。


「しかし、二人ともパレオというのは意外だった。最近、もっと私服っぽい水着もあるだろう?」

「なんでお前、水着トレンドとか詳しいの」

「残念ながらこれはシノブに聞いた話だ」


水着なんて毎年買い替えるどころか、毎年海に行くわけでもないのでそうそう売り場にも行かないオレがいる。


「それでよくあいつ、パレオだったな」


改めて、波打ち際で遊んでいる二人を見る。

下心はないと言っておく。


「買いに行くかどうか悩んだらしいが、そもそもほとんど水着を着ないから、買っても無駄になるという結論だったらしいぞ」

「なんで司さんがそれ知ってるんですか」

「森経由の情報」


……多分、森さんも同じパターンだな。

オレは悟った。


「あの後世代のスポーツ系のも持っているらしいんだが、景観を壊すからやめろとは言っておいた」



それは森さんに? 忍にですか。


大いなる謎を残す真実を語ってくれたが、聞き返す勇気はオレにはない。

ベースが青と白の二人の水着は、パレオも相まって確かにリゾートの景観に合っている。



「まぁリゾート地ですからね……」

「そうだな、TPOには合わせたいよな」

「お前は日本人として違和感がなさすぎるんだよ」


黒髪のせいもあるが、ふつーにハーフパンツの水着に羽織という魔界の公爵が、ここにいる。


「悪魔がグラサンとか必要なの? 紫外線が目に突き刺さるとかヴァンパイアの類じゃないの?」

「これはファッションに決まってるだろう。いいからお子様は波打ち際で戯れてこい」

「あれ、公爵様、まさかの金づち?」

「…………魔界の海で泳いでる悪魔とか、お前、想像つくの?」


否定させるつもりだったが、逆に言われて納得してしまった。

どちらかというと、毒の海とか何か水棲魔的なものもいそうだし、無理だろう。


「それにビーチは溺れるほど深くない」


ごもっとも。

それに水泳なんて高校以来だから、まともに泳げるかと言われると自分も怪しいことに気づいてしまった。


司さんが先に立ち上がって二人のところに行った。

うん、まぁここにふたりで残されても困るよな。


保護者はふたりいらない。


「二人とも、純粋に泳いでこないのか?」

「あとで魚肉ソーセージは使うよ」

「……そういえば昨日コンビニで買ってたよな。ふつうに食うんじゃないの?」


謎が増えてしまった。

すぐに解決するのだが。


「それは魚のえさ用です。秋葉の分もあるからあとで岩場の近くで使ってみ」


撒き餌か。

しかし、忍が言うと、何かのアイテムのように聞こえる空耳。


「人数揃うとさ、ビーチフラッグとかやりたくならない?」

「なる」


そこはビーチバレーじゃないのか!

女子二人がスピード競技をしたがっている。

オレに降られているわけではないので、司さんの方を見ると、司さんは黙って首を振った。


……どういう意味ですか。


「遊びのレパートリーが多すぎるからな。ひとつずつ希望を聞いていると大変なことになるぞ」

「そうだね、せっかくだから砂の城とか作ってみたい」

「なにそれ、超儚い」

「そんなことないよね?」


というか、砂で城が作れるものか。

一度は挑戦してみるかもしれないが、大体ざらりと崩れて諦めることになるのをオレは知っている。


「ほかにはどんな遊びが?」


つい、好奇心から聞いてみる。


「色々あるだろうけど、遊びなんてその場で開拓するものでしょう」


……道を自分で作る人がここにいる。

それが出来ない人間が多いからテンプレ的な発想の遊びになるわけで。

しかも大体それで十分なんだが。


「秋葉を砂に埋めるとか秋葉を砂に埋めるとか秋葉を砂に埋めるとか」

「うん、王道だけどそれオレをターゲットにすることなのか?」

「王道だけど、なかなかやらなくない?」


確かに経験はない。


「砂さらさらじゃないとできないしね」

「どこかの温泉にそういう砂風呂があったな」


司さんの他意なき発言が、今は謎の不安をあおってくれる。


「何事も経験だよ、あとでパラソルの方に戻ったらやろう」

「やるの!?」

「砂風呂体験」


うん、まぁいいけどさ……


「私はひたすら波打ち際で穴を掘るのも割と、好き」

「それって波で崩れないか?」

「崩れ切る前に、どこまで拡張できるのか挑戦するのが楽しいんだ」


すっごい意味が分からない遊び!!


……花を編むときに、花冠作るじゃなくてどこまで長く編めるかをコツコツとやりたい人間なので、それと類似作業だろう。


「あと、気を抜くと一瞬ですべて更地にされるところも面白い」


忍はそういいながら、

目の前で森さんと一緒に、実地に入っている。


「崩れてる崩れてる」


掘ったそばから海水に侵入されて、ゆるやかに、溶けるように崩れる砂。

波は一定じゃないから毎回入って来るとは限らない。

その間に拡張。


海水侵入。


拡張。


崩壊。


拡張。


「すごい地道な遊びだろ」

「とりあえず、森さんも一人遊びが得意なことはわかりました」


黙って眺めていた司さんが、若干遠い目で二人を見ている。

今は二人でやっているが、これは一人でも十分楽しいというか、集中するような作業だ。


「ねぇ」


二人でやっているせいか、効率がいいらしく結構穴が大きくなったところで森さんが声を上げた。


「これ、何?」


そして、穴の底から何かを引っ張り上げる。

海水が侵入して、少し溜まっている水砂の底から、現れたのは割とグロテスクなものだった。

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