3.琉球ルームのあるホテル(実在)
二日目。
ある意味、バカンスらしいバカンスはここから三日目にかけて集約されている。
バカンスのイメージは「のんびり」だ。
日本人が何かとツアーにのって、あちこち忙しく移動したがるのは「何もしない一日」に慣れていないからだろうか。
観光とバカンスは同意に用いられるが、こうして南の海を見ていると、不思議と実際は別物だと思う。
「今日は恩納(おんな)村かぁ……あそこは観光っぽい施設はなくて、ビーチリゾートみたいなんだよね」
「これだけ海がきれいだと、ビーチで軽く半日は過ごせるだろうしな」
那覇空港からリムジンバスを使えば約1時間。
レンタカーを借りるほど寄り道をする予定はなかったので、運転は免れている。
悪いが、都内生まれ都内育ちのオレはペーパードライバーだ。
道は広くてまっすぐだが、全員無事に移動させる自信はない。
そうしてリムジンを使えば、車窓から景色も見えるしずっと海が見えているわけではないが、テンションは上がりっぱなしだ。
「秋葉、秋葉」
なぜかこそっとダンタリオンが耳打ちしてきた。
「苦労したんだぞ。あの二人に水着持ってこさせるの」
「…………お前、何の話してんの?」
返すオレの声は、ごくふつうのボリュームだ。
「オレは悪魔だからそういうの興味はあんまりないんだけどな、二人とも水着姿になるのは気が進まないらしく」
……じゃあなんでビーチに行きたがるんだ?
一体、海で何をしようというんだ。
それは浜辺についてから明らかになるのだが。
続けているダンタリオン。
「あそこは余計なものがない分、ホテル自体がアクティビティの宝庫だからな~ ……青の洞窟とイルカとの触れ合いに食いついたんだ」
「なんかすごいわかるけど。ホテルでイルカ飼ってんの?」
「そ。他にもいろいろあるから楽しみにしとけ」
……水着を持ってこさせたかった理由は一体。
この面子で、そういう色恋沙汰とか何かを期待するのは無理じゃなかろうか。
オレは森さんの水着姿を見ても、間違っても一木のような反応をしてはいけないと自分に釘をさす。
今日もいい天気だ。
「知ってる? 秋葉。海辺に人影があまりない理由」
「え。気づかなかったけど」
もう見ている場所からして違う。
忍に指さされてオレは、青天を写し込んだ透明な海を見た。
「現地の人に聞いたんだ。『こんな暑い時期にビーチに出るバカはいない』だって」
そっか。
観光客は、地元情報がわからないバカなんだな☆
オレたちもだよ。
「夏だから海に行きたくなるけどわからないでもない。死ぬる」
「今どきは東京も負けてないって。主に路地裏」
路地裏はクーラーの排気で、熱風が吹き付けるある意味、熱帯地獄だ。
「打ち水文化と夕涼みっていいよね。ミストシャワーつければいいのに」
「大分ついている場所も増えてきたけどな」
とこれは森さんと司さん。
そういえば、駅前ではアスファルトの上についているところもある。
……死ぬると言った本人は、全く涼しそうな顔をして再び車窓を見やっている。
冷房が効いているが、窓は開けられないためちょっと物足りなそうだ。
長距離移動まで我慢しろと言ったが、1時間くらいだからまぁ大丈夫だろう。
そして、ホテルに到着。
「昨日のホテルより更にリゾート感、半端ないな」
旅行に行かないわけではないけれど、旅館やビジネスホテルが多いので珍しい。
オレは海外の南国リゾートに近いイメージのそれに感心してしまう。
「もうエントランスからして違うよね」
「天井に波型、柱に水面ミラーとか、凝ってる」
そこに目が行くあなた方が、凝っている。
しかし、白い建物に青、植物といった配置は涼しげなリゾートのそれにしか見えない。
「前もっての希望通り、お前らは普通に洋室だからな」
「それ、気になってたんだけど和室もあるのかこのホテル」
めちゃくちゃ洋風なんですけど。
ロビーに至ると広い吹き抜けのど真ん中にガラス張りの2本柱が立っている。
稼働して気づいたが、シースルーのエレベータだった。
その周りにヤシの木がそびえ、白い平石を重ねたサンゴに見えないこともないオブジェが点在している。
柱の部分には、透明な青が取り入れられ、さわやかな配色でしかない。
「あーこういう非、日常な感じ。いいな」
「ある意味、毎日非・日常を送っている人が……」
「だから『こういう』って言っただろ」
いつのまにか手配担当になっていたらしい忍が手続きをしている間、周りを見るが広々している空間に、心も広くしかならない。
昨日は昨日で街中探索だったけど、これはくつろげる予感。
……素直にダンタリオンに感謝していいのか、微妙な気分だが。
「オレの部屋は琉球スイートだから。あとで来てみたら?」
「何それ。琉球王朝系なの?」
「秋葉、ホテルのサイトくらい見たほうがいいよ……私たちはなんとなく落ち着かないから、洋室にしてもらった」
そうそう、と森さん。
確かにこのホテルの外観で、和風も琉球王朝風も、部屋に入ったら違和感だらけな感じはする。
「でも部屋は見たいな。あとで行きます」
「あ、オレも冷やかしに行きたい」
「なんで冷やかしなんだ? ホテルに失礼だろう!」
ホテルを冷やかすのではなく、お前に合わないと冷やかしに行くんだよ。
魔界の貴族は妙なところで律儀だが、こいつにもそういうところがあったんだな。
謎の感心をしてみる。
「司さんは?」
「行くときに声をかけてくれ」
こっちは興味というより忍と森さんが二人で行かないよう牽制だろう。
誰が保護者なのか、もはやわからない。
「じゃ、アクティビティは明日だから今日は適当に夕食まで解散な。食事行く前にオレの部屋に来い」
そんなこんなで、集合場所も決まって、各自移動。
部屋もバルコニー付きのオーシャンビューだったのでそこから、眺めも堪能できた。
青い海に張り出したコテージが眼下に見える。
壁はアイボリーと木目調の落ち着いた色彩。
藍色のソファは窓際に主張しないで置かれている。
「ここは確かに、連泊したくなりますね」
というか、連泊しないと海で遊び倒せないだろう。
「大体、チェックインは14時だからな。アーリー仕様がないとそうなる」
準備の都合もあるのだろうが、うまくできている。
司さんは入れ違いでバルコニーに出て、海を眺める。
オレはふと、壁に据えられた液晶テレビの下に分厚いファイルがあるのを見た。
以前、品川で忍に教わったホテル案内だ。
手に取ってみる。
「ここ、プールサイドでファイヤーダンスとかあるらしいですよ」
「相当オプションがあるようだから、それなりに有名なところなんだろうな」
ビーチ前のホテルに、大体プールがついているのはいつも謎だが、海水が嫌だという人もいるんだろうか。
パラパラとめくる。
そしてオレは
室料の案内を見て、
そっとファイルを閉じた。
「よし、楽しもう」
「どうしたんだ。いきなり」
「いや、せっかくだから楽しまないと損だなと!」
いつになくやる気のオレに違和感を覚えているらしき司さん。
ダンタリオンにそのつもりがなくても、今回の旅行でいままでのアレやソレがちゃらになっている気がするのは気のせいだろう。
つきあいは2年に渡る。
オレは気持ちを切り替えて、明日の話を司さんにふった。
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