5.大人の社会科見学(本気)
「なんかいいよなー制服とかもあるんだ」
「オレ、土木職体験してみたいです」
「中央監視室は情報部にはありそうだけど、オレたちのとこない光景だもんな。ドラマみたいでかっこいいわ」
……みんなハマり始めている。
確かに彼ら警官でも、一般業務に就いている人たちには縁遠い場所だろう。
大人の方が、自分の仕事の現場を知っている分、知らない場所に興味を持つものなのかもしれない。
ちなみにオレは、DIYもしないし、土管からワープしたいわけでもないし、モニター並べられてもわくわくできないので、特に盛り上がっていない。
というか、引率の事前視察に来たわけで、それが正しいとは思うんだけどすっかり忘れて楽しんでいる総員を見ていると、オレがおかしいのか? と思ってしまう光景だ。
……楽しそうだし、まぁいいか。
「今日は本物の地下施設には行けますけど、監視室はさすがに無理なのでいつもお世話になってる神魔の方に来ていただいています」
清明さんがすっかり案内役になって、中央監視室を模したモニターだらけの部屋に全員を送った。
「中央監視室では水をくみ上げるポンプのコントロールをしています」
大きなモニターが壁一面に並ぶ前で、職員の人が説明を始めた。
その手前には、端末が連なって席を作っている。
各々座りながら眺めていると、静かに一人の女性が入って来た。
「アパーム様」
「あら、秋葉さんこんにちは」
一斉に視線がそちらに向いた。
アパーム・ナパート様は、確かに江東区に屋敷を構えて在住しているインド系の水の神様だ。
つい最近この近くで事件が起こっていたので、会った経緯もあり記憶にも新しい。
清明さんが他の全員に紹介をする。
改めて、アパーム様もモニターの横の方に控えた状態で、説明が続けられた。
「雨がたくさん降ったりして、水が多い時はポンプを何台も動かさなければなりません」
下水道というから、すっかりマンホール→汚水、みたいなイメージがあったがそうか、と気付く。
排水の水量調節もしているんだ、この施設。
大雨の時に水浸しにならないように、だ。
「以前は東京アメダシュという天気図が、どこでどれくらい降るかを表示してくれて、これを見ながらポンプをコントロールしていたのですが」
そこで職員の男性は、アパーム様を改めて前に誘導した。
「みなさんご存じの通り、二年前に様々なものが壊れました。アメダシュもそのうちの一つで、復旧はしたのですが現在は、こちらのアパーム様が提供してくれる情報をメインに、水位の管理がされています」
……すっごい地味な協力の仕方だけど、ものすごく大事なことだよな。
神魔は知らない内に、生活の根底にまで根付いてしまっている。
「アメダシュより情報が正確、という判断でいいですか」
「はい、その通りです」
質問ができるのは話をきちんと聞いて、理解しようとしている証拠だ。
そういうことが一回目でできる人間というのは、あまりいないように思う。
忍だった。
「中央監視室は24時間365日まちを水害から守るために働いていますから、より正確な情報は必須になります」
……大変なんだな、何かを監視するって。
「最近はゲリラ豪雨や季節の変化が不定になりがちで、天気予報も演算が足りないようなので、アメダシュはあくまでサブシステム、アパーム様が危険をリアルタイムで知らせてくれますので、助かっております」
「私だけでなく、それぞれ水害の多い都市には水の力を持つヒトがいるのよ?」
うふふ、とアパーム様。
神様からすると、微々たる力なのだろうが自然に関する正確な情報というのは、得難いものだ。
「あれ? そういえば最近、天気予報、よく当たるよな」
「アパーム様ではありませんが、お天気お姉さんは術士だったり、神様だったりすることは多いですよ」
「……そんな身近なところに……!!」
神魔と言えば、復興の助け……例えば、建物を一晩で直すなど。
ものすごい勢いでしてくれたので、日本人にとってやはり「人知を超えたすごい存在」みたいなイメージはそのままだ。
が、この身近さは「科学っていうと縁遠そうだけど調理も概ね化学反応です」みたいな意外さがある。
少人数なのに、どよめき感がすごい。
「ここ、有明給水所はあくまで有明2万世帯の浄水の管理ですから割とあちこちの給水所で水にまつわる神魔の方にはお世話になってます」
「さすが水の神様だな~」
誰かが感心したように言ったが、それでは終わらなかった。
「私は水にまつわるお手伝いはできるけれど、それ以外にもかかわっているヒトがいるから、見て行ってね」
アパーム様はそういうと部屋を出るように案内される全員を見送る。
「次は下水道管再構築工事の現場へ行きます」
歩きながら説明が続く。
下水道管は古くなると穴が開く可能性があるが、今は道路を掘り起こさずに直す方法があるのだそうだ。
埋めたものを掘り起こさずに直す。
……想像がつかない。
「はい、ヘルメット被ってください」
この辺りから一気に、地下ダンジョン感が強くなる。
閉鎖空間になったコンクリの通路に、階段はパイプで繋がれている。
その先に、黄色い円筒状に組まれたパイプが見える。
……つまりそこから降りていくんだな。
それはわかった。
「戸越さん、そのヘルメット、危険じゃないですか?」
「一応、形上被るだけなら大丈夫では」
「いえ、今回は『本物の現場』を見ていただきますので」
「!?」
体験学習には違いないだろうが、本物とは……
階段を上った先に「入坑者一覧表」という札をひっかけたボードがあった。
酷くアナログだが、入る時は名札を白に、出た時は裏返して赤に回転させるようになっている。
そこには匿名などではなく、ふつうに男性の名前がずらずら並んでいた。
「ヘルメット……子供用のでいいですか」
「ぶっ」
思わず吹き出すが、忍は平気な顔をしている。
「乗馬体験をやった時も、大人のが合わなくて子供用のを渡されたんだ」
すでに経験済だったらしい。
「別に使えればいいし」
「白上さんもですね。女性ってそんなに顔小さいんでしたっけ?」
違うと思います。
でなければ、大人用、子供用のほかに「女性用」があるはずですから。
しかし、野郎ばかりの現場。
しかも当の二人が何も反応しないので、出来事としてはそのままスルーされる。
「なんだ? 清明は行かないの?」
「僕はここで待っています。……不知火はどうします?」
不知火はすでに清明さんの側にいて、清明さんはもふもふとその首のあたりを撫でている。
お座りの状態なので、待ってる、ということだろう。
「清明さん、不知火お願いします」
「はい、行ってらっしゃい」
そして入る前に測定器で有毒ガスの確認。
ここで悪質なガスが出ていれば入れないのだろう。
安全帯を使って、ひとりずつ降りる。
すでに下水道の中だ。
思っていたより広い。
普通に立てる高さがある。
ほとんど灯りはないので、ライトを使って照らしながら破損個所などを探す。
「ていうか、一気にリアルに……」
「これがダンジョンだったら、死ぬ自信がある」
「そこは自信にするなよ。探索する気満々だったよな? 閉所恐怖症だったら死ぬかもしれないけど」
「………………」
真っ青になっている人がいる。
たぶん、閉所か暗所恐怖症気味なんだろう。
黒服の警官だ。
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