4.カオスな現場

「清明さん……?」

「ごめんごめん。ルースは悪魔祓いをしていたから、そういう意味では神魔が身近だったかな、と」


そうだ、フォローするのはオレの仕事ではなかった。

いつものつっこみ癖で余計なことを背負いこむところだった。

清明さんは事前に防護柵を張って、今後の心労を減らしてくれた。


「へぇ~それで術者か。でも退魔じゃなくて共存だから異文化だよな」

「まぁそういう意味では確かに、あり得ない世界だったよなぁ」


と言ったところで、彼の中の本題に戻った。


「秋葉、三食昼寝付きはいいぞ! ブラック教会と違って待遇が有り余ってる! ってか食事がうますぎて折り詰めしたい」

「教会?」

「忍、ちょっと来てくれ」


オレには手に負えない予感がしたので、呼び戻す。


「協会。退魔師ユニオンですね」


ハイヤーはバスではないのでちゃんと会話は聞こえていたらしい。

さすが言葉の魔術師(違)。


「秋葉にはもっと突っ込むべき場所がある」

「うん、そうだな……自宅の食事を折り詰めしてどこにもっていく気ですか、ルースさん」

「ピクニックとか」


花が飛んでいる。


感情起伏の激しい人だ。

本当に、術者なんて集中力半端なさそうな仕事が出来るんだろうか。

イメージの話。


「面白い人だな」

「海外の公園は日本より、そんなふうに過ごす人が多いらしいから延長ですかね?」


絶対違うよな。


「じゃあ、全員揃ったところでこれを」


まわして。と清明さんから手渡されたそれ。


虹の下水道館のリーフレットだ。

表紙だけでほぼ、全員が沈黙に落ちた。


「……汚水のイメージに虹をつけるとか、どういうネーミングなんだ?」

「それ、さっきみんな思った」

「もう解決済なんだ?」

「永遠に謎です」


遅れて合流したルースさんと忍が不毛な会話をしている。

しかし、会話に反してさっそくリーフレットを開いた忍の声は、明るくなった。


「ここも体験型だね。水の博物館と対になってるのかな」

「水はどこからきてどこに行くの? ……って、ホントに小学生レベル!」

「その小学生レベルの質問に、大人はどこまで答えられるのか……試しに聞いていい?」

「オレが悪かった」


こどもの「なんで? どうして?」にまともに応えられる大人は、意外と少ない。


「確かにこういうところって侮れないんだよなー」

「橘さんはいける口ですか」

「割と男って、現場行ったら盛り上がっちゃう方じゃないか?」

「……」


人による。

しかし、そうかもしれない。

そして女子に子供っぽいと言われたりするのがお約束。


「大丈夫です、ここにはそういうの馬鹿にする女性いないので」


むしろ、率先して面白がるであろう未来が見える。

忍は全体マップを眺めている。


「だれでもトイレって何」


いきなり見るところがそこか。


「ドラ〇もんっぽいネーミング。都庁の職員は頑張っている」

「まぁトイレは誰でも使うものだけどな……」


バリアフリーを示しているものと思われる。


「どかんビジョンとか。何? 赤い帽子にMって書かれた配管工のおじさんが出てくるの? キノコ食べると大きくなるの?」

「緑のやつもいるかもしれないよ」


今までそれぞれでしゃべってた黒服の警官が笑いながら乗っている。

いろんなものが、シュールだ。


そんなことをしている間に到着。

橘さんの予想通り……


「広くてきれいだな」

「巨大な土管がお迎えに!」

「トリックアートとか凄くないですか?」


全員のテンションが、上がった。


「何ここ、無料施設なの!? 金取らないの!?」

「都の啓発施設ですからね。水の博物館も無料ですよ」

「あとで行ってみよー!」


一人だけ、着眼点が違う感じの金髪神父がいるが、放っておくことにする。

引率の清明さんは、あまり負担に感じてない模様。


……それは今日が、月曜で休館日で、貸しきりだからだろう。



人の目が合ったら、軽く死ねる大人制服の団体だ。

(人の目がないからこそ素で盛り上がれるというのもある)


「バリケードがナチュラルに案内板として使用されている……」

「あぁ、工事現場によくあるオレンジのやつな」


最新のデザインと、ガラスをふんだんに使った広く見える空間。

ドカンとバリケード、三角コーンにトリックアート。

開放的な空間は、演出が混沌としている。


「吊り看板が手作り感満載過ぎて泣ける」

「業者製っぽくないよね……作れそうだよ」

「女子二人。そこは自作の方向で頭をひねる場所じゃないから」


先行くぞーと言われてついてくる。

水の流れが見えるシースルーハウスや、下水道管を覗けるゾーンを通り過ぎて、水再生センターに入る。


「ようこそ、いらっしゃいました」


普通に職員が迎えてくれた。

その先にあるのは、今までとは様子を異した「事務所」。

奥に通されると、モニターの並ぶ中央監視室、顕微鏡の並ぶ水質検査室に配管がくねったポンプ所があった。


「ここでは通常、局員になりきって仕事を体験できるプログラムを開催しています」


ざっと、この広報施設について説明を受ける。


「マンホールから実物大の下水道管に入り調整を行ったり、下水道の浄化に役立つ微生物の観察なども体験でき……」


忍と森さんから「すっごい、参加したい」空気が流れてきている。

しかし、上階はあくまで広報用のなりきり施設だ。

今日はここが目的ではない。


「あとで微生物見ていいですか」

「自由時間は最後に取りますからみなさんお好きなところを見てください」

「やたー」


目的でなくともせっかくなので、体験できるという配慮。

割と、みんな乗り気だ。

ルースさんも、タダと聞くやめんどくさいから楽しみ倒す、くらいの勢いではしゃいでいる。


「お前、本当にこういうの好きだな」

「ここの体験プログラムは小中学生が対象なんだ。言っとくけど、これを逃したら体験できないんだからね」


そういう情報のチェックはさすがに早い。


「そうなの!? 俺、ちょっと『設備職』やってみたいんだけど」

「橘さんまで……」

「そんなこと言ってもな。秋葉、転職でもしないとできないことだぞ、これ」


説明によると設備職というのは、パイプやバルブを点検したり修理したりする仕事だ。

確かにDIYとか好きそうな人なら、ちょっと興味は向きそうではある。

ちなみに、微生物の観察は『環境検査職』。

いかにもなので、なんだかわかる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る