13.二律背反
「では、本須賀代議士と、本須賀葉月の関係性は」
「単に召喚した悪魔をかわいい姪に貸し出したかのようだよ。そしてハルファスの性質上、懇意になったのはそっちの方だ」
「政治家の求める社会的な力では、血は流れない。でも、彼女は物理的な力を求めているから、容易にそれを肥大させることができる、と?」
これは忍だった。
「そうだね、ハルファスはより原始的な戦争の仕方を好む。情報戦で勝利したければ、本須賀という代議士は、ボクの後ろにいるヒマそうな悪魔を呼ぶべきだった」
「おい」
特にいじっている風もないから、それ、相当本音だと思うぞ。
オレもそう思う。
「お前が呼ばれてたら大人しく従わなかっただろ……」
「当たり前だ。告発して政治家人生を終わらせる」
「偶発的な召喚だから、在日の誰が当たってもおかしくない状況ではあったんだろうけど……まぁそんな理由で外されたんだとは思う」
「わかってるなら言うな」
召喚にはシジルが必要な上に、制約のない悪魔であれば契約も必要だったろう。
長期滞在している悪魔、転移召喚が確約できる存在となるとたしかに、絞られてくる。
ハルファスは、もともと善意的な悪魔ではなかったから、喜んで枷を外すその契約に応じた、というところだろうか。
「ボクが見た事実は概ねこんなところだ」
「シノブ、なんでオレを呼ばなかった。こいつが過去を見たところで、相手が代議士になると摘発は難しいぞ。オレが直接見聞きしたといえば無視はできないだろうが……」
「それは私も迷ったんですが、ハルファスによる証拠隠滅の可能性もあったので」
「忍は関係者の口をふさがれてしまう前に、事実を知っておくことを選んだんだよ」
それで司さんも納得したようだった。
一方で今、話したことをダンタリオンが中枢部に持ち込んでも、人間側の都合で握りつぶされる可能性が高い。
現時点では証言以外の証拠がない。
制約を受けない高位の悪魔が、監視カメラの偽装など簡単に行えるだろうことはすでにアスタロトさんの口ぶりから明白である。
本須賀葉月を出頭させるという方法はあるが、口を割らなければ意味がないし、その前に今度はその叔父とやらに手を回されるとそれはそれでうやむやになる未来しかない。
……人間も悪魔も、厄介だ。
が、やはり事実が消される前に確保できたのは、大きな収穫だったんだろう。
「で、犯人が分かったところでどうすんだ。下手に司が本須賀をしょっぴいても、逆に立場が危うくなりかねないぞ」
「……あの時とは訳が違いますからね」
「あの時?」
「不法賭場」
「……」
あちこちから責められるような形になっているダンタリオン。
責めてはいないが、事件レベルは高いと言っている。
しかも、内部犯は特殊部隊にいた。
非常に対応が難しい状況だ。
「ハルファスをしょっ引くというのは」
「無理だな。魔界に戻ったならもうこっちに来る気はないだろう。魔界では魔界のルールが適用される。人間界で裁くために連れてくるなんてことは絶対にありえない」
ダンタリオンは大使だが、魔界の全てがこの国に対して善意的ではない。
今更だが、魔界というひとくくりの世界の代表ではなく、あくまで「協力的な悪魔」の代表であり、この国と魔界の一部、そして異教の神との繋ぎという役回りだ。
人間で言うなら元々外国籍の犯罪者に、海外に逃げられてしまったようなものだろう。
「悪魔としては、何も間違ったことはしてないからね」
「そんなことでいちいち罪に問うなら、魔界の勢力図は神界並みに秩序的になるだろ」
そこは確かに、としかいいようがない。
ものすごく不条理さを感じるけども。
「過ぎたことを聞いても仕方ないですが……アスタロトさんがその場でハルファスを抑えなかった理由は」
そうだ。それができれば一番早かっただろう。
でも、アスタロトさんがそうしなかったんだから絶対にできない理由がある、ということはオレにも理解できた。
「いくつか理由はあるけど……第一は、ボクが表舞台に出ることが好ましくなかったから、かな」
「?」
「ボクが介入すれば、それだけ未来が変わる確率が高くなる。詳しくは言えないけれど、現時点で見た未来はそう悲観的でもない。それが変わるのは困る」
どこまで見えていたのだろうか。
言わないことを選択しているのだから、聞き出すことは不可能に近いとは思う。
「具体的な理由の一つを挙げれば、あとは忍の処遇だ。制約のない悪魔が召喚されて、問題のハルファスを抑えたと知られれば、確実にその力を利用しようとする輩が現れる。……それはボクら七十二柱にとっても間違いなくデメリットでしかない。もちろん、忍や君たち人間にとってもだ」
そうだな。その危険性は前に聞いたばかりだからな。
下手に悪用されたりするのも困るし、こんな時に忍に何かあるのも困る。
「つまり、アスタロトさんに見えていたのは『そのまま』であれば指輪は早々狙われないし、私が何かしら力になれると?」
「君が力になるのは確定事項だ。実際ボクを召喚してみせたわけだし、それは見るまでもない。……というか、ボクが関わってるからその辺りは見えないね」
「そうか……でも私の側ではなくて、ハルファスを見たところ、悪用される危険がなかったってことですよね?」
「大体その通りだよ」
それで司さんも納得したようだ。
質問も終わる。
あとはどうするか、なのだが……
「あとは、動くにしても動けるのお前しかいないだろ」
オレはダンタリオンにそう切り出す。
「そうだな。けど、今の流れだと下手に動かない方が賢明だ。ツカサ、本須賀葉月はもう『石』に近づくことはできない。ハルファスもこいつが脅しをかけたならもう現れないだろうからな」
「……ボクは脅しをかけたとは一言も言ってないけど」
「ただ帰すとは思えねーんだよ。二度と来るなくらいの言い方はしたんだろ?」
「さてね」
どうでもよさそうに、その話はそこで終わりになる。
続くのは、ダンタリオンの提案だけだ。
「本須賀……代議士の方もハルファスが現れないなら問題ない。魔界に帰ったのなら、転移召喚はもう使えない。そこはオレが確認しておくとして、だ。……本須賀葉月も表立っては処分できないだろうから、よく見張るようにしておけ」
「……わかりました。部隊長内での情報共有はしますが、構いませんか」
「むしろ推奨だな。悪さができないなら、構うこともないと思うが、人間の都合で首を切ることもできないだろうから、そっちは人間のやり方に任せる」
犯人はわかっても、手が出せない。
もどかしいが、これ以上の破壊行為は防げる。
それは何よりだろう。
目的は、探し出した犯人の断罪ではなく、この国の安全の確保なのだから。
「清明さんに連絡は? ……しなきゃだろ」
「お前がしろ」
「……まぁ……内容は犯人といきさつと、その後の処遇だけだからふつうに報告するけど。忍、どうする?」
話がまとまったところで声をかける。
忍も当事者で、説明ならオレより得手だろうが、任せる、という答えが返ってきた。
「他に何か進展あったら、あとで教えて」
「わかった」
今回はオレもすべて見ているわけだし、相手は清明さんだ。
素直に任されて、繋ぎを取ることにした。
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