12.戦争屋

「秋葉と忍は『石』の破壊者に出会ったが、その者は悪魔を従えていた。悩んだ末、忍はボクを転移召喚することにした。ここまではダンタリオンが来る前に説明したところだ」


まずは確認から入る。


「その石の破壊者が、本須賀葉月。悪魔の名はハルファス。忍が言ったように、アレは人間を戦場における任意の場所に兵を飛ばす力を持っている」


そして、付け加えた。


「あぁ、ここから先の話は秋葉にも忍にもしていないから。司、ほとんど君と同じスタートラインだと思ってくれるかい?」


確認されて、司さんはオレたちを見てから、頷いて了承の意を示した。


「転移召喚を受けたボクは当然に、制約が外れた状態だ。説明を受けるより先に、すべて何があったのかを見たよ」

「つまり、そこにいた本須賀とその悪魔の過去、ですか」

「そう。端的に行ってしまえば、ハルファスが彼女を石のもとへ飛ばし、彼女がそれに細工する。始めはそんな感じだね。それがエスカレートして、破壊工作に及んだ」

「……どうしてそんな……」


オレと忍は理由をあの時に聞いている。

本須賀の願いは単純に「力が欲しい」だと言った。

でもなぜ、力を欲しがるのに、それを破壊するのかは理解できない。


「彼女はどうも力を欲しているようだね。強烈な火種になりうる存在だ」

「火種というか、もう大分炎上してますが」

「そう、だからこそハルファスは彼女と手を組んだんだろう」

「……その意味は」


司さんが的確に質問を挟んでいく。

利用、という言葉は今のアスタロトさんからは出てこない。


「忍が説明したようにハルファスは戦争に関する能力を持っている。防衛拠点の設営だけじゃない。その本当の意味は『戦争に関するあらゆる準備を行うこと』だ」

「……それで、戦争屋、なわけか?」

「そうだな。それだけじゃないぞ。シノブはハルファスの情報を調べたなら、マルファスのことにも辿り着いただろう」


ダンタリオンはそうして、忍に再び話題を振った。

聞く側であるのだが、説明役を暗に渡されて、少しだけ忍の眉が寄る。

が、一瞬だ。

すぐに先を継ぐ。


「マルファスは序列39。能力は、前項のハルファスとほぼ同じ」

「……それとハルファスと何の関係が?」

「彼らは代償を求めない。なぜなら、その二人は同一の悪魔であり、対立する人間の戦況を煽ることでより多く、血が流れることを求めているから」


……つまり、敵国同士に現れて、違う悪魔を装い力をそれぞれに与えて、被害規模を拡大する、とかだろうか。

それくらいはオレにも想像できた。

同一人物があちこちであらぬことを吹聴して、問題を大きくするのは人間でもよくあることだ。


しかし、戦争となると規模は違う。


「石の破壊には、マルファスも関わっているのか?」

「いいや。それだけ狡猾で悪意に満ちたやり方をするってことだ。それが善意でボランティア? ないだろ」

「君が招集をかけたんだろう。選考くらいすべきなんじゃないのかい」

「……能力としては適任だったんだ。何より制約がかかっているから、本来ならこの国でそんなことはできないはずだった」


ダンタリオンのそれは、言い訳ではなく事実だった。

そう、あの悪魔はおそらく制約を受けていただろうし、それが今ははずされていた。


その理由もアスタロトさんは知っているだろう。


「ハルファスは、転移召喚を受けている」

「それは、アスタロトさんがウァサーゴさんを助けた直後に、政府が対策をしたのでは」

「残念ながら、その対策が講じられるまでのわずかな期間を縫って、彼は召喚され、契約を交わしてしまった。だから、制約のない状態でその後も動いていたんだろう」

「契約主は本須賀、なんですか」


違うだろうと思う一方で、それしか名前が出てこない。

しかし、視線を上げたアスタロトさんは、少し黙してからつづけた。


「そうだね、本須賀だ」

「そこはもったいぶらないで教えたらどうだ?」


ソファの後ろのデスクの向こうから、ダンタリオンがそう促す。


「あの女に、召喚なんてできるわけがないだろう。しかもウァサーゴの事件直後? あの事件の詳細について、どれだけの人間が知っていると思ってるんだ」


司さんの瞳がすっと細くなる。

何か、思い当たる節があるようだ。

そして、その可能性を口にした。


「本須賀葉月は、特殊部隊の人間だから知らないことはない。が、手段を講じる実際は、実働が術師、そしてそこに至るすべてを論じたのは代議士、あるいは議員のごく一部」


政治家、国のお偉いさん、ということか。

……本須賀。

そういえば、司さんに聞いたことがなかったか。本須賀葉月には、後ろ盾があるようなことを。


「本須賀……本須賀修一か」

「ご名答」


自ら答えに至った、司さんにアスタロトさんは微笑みかける。

が、さすがにそんな場合じゃない。

司さんの表情は鋭いままだった、


「彼は彼女の叔父に当たるようだね。年が近く、君らの部隊の本須賀葉月は、自分を理解し、可愛がってくれる叔父になついていたようだ。権力にしろ武力にしろ、力に価値を見出すところは、似ていたんだろうね」

「代議士が、防衛策が取られる前に悪魔を呼んだ? ……アスタロトさん、それも理由がわかるんですか」


オレはわからずに聞いたが、残念ながら、と答えはすぐに帰ってきた。


「ボクが見た過去は、ハルファスと彼女のものだけだ。見る気ならそっちまで見られたろうけど、本人が目の前にいる方が見やすいというのもあるしね」


そこまで追う必要はないと判断した。と続ける。


「ハルファスの記憶によれば、単純に策が講じられる前に悪魔を呼び出して力を利用しようとしたこと、転移召喚が成立する条件はそもそも対象がこの国にいること。そういう理由が重なって呼び出されたのが彼であって、はじめからハルファスを目的として行為に及んだわけではないようだ。……けれど、呼び出されたのが彼だったが運の尽きだった」


他の『善良な』悪魔であったなら、能力的にもこんな最悪の事態にならなかっただろう。

よりにもよって、戦争関係の悪魔を呼びだしてしまうなど、本当に最悪だ。

だが、疑問はまだ残る。


「でも、ウァサーゴさんの時は『力も限定的に』みたいなことを言ってませんでした?」

「より簡略化すればそうなる。転移召喚になった時点で制約は解除されるし、あとは召喚する側の技量の問題だ」


ウァサーゴさんの時は、いわゆる即席。偶然が重なって召喚されたようなものだとも言っていた気がする。


ダンタリオンが、今は両腕を机におくようにして、付け加えた。


「財力、権力、コネクション。召喚に必要な材料を集めるのは、簡単だったろうな」

「肝心の召喚方法は」

「……物事を完全に封じ込めるには、まずその仕組みを知らなければならない。武器を作るなら同時にそれを防ぐ方法も考えるのが、一流だ。当然に術師はそれくらいの理論も机上で計算していただろう」


コネクション。

つまりは、術師からの技術情報の入手。


……権力を持つ、というのは恐ろしいことだ。

本須賀修一が何を求めていたのかはわからないが、結果的に「ホンモノの悪魔」を代議士は召喚してしまった。

そういうことか。


「本須賀修一は、制約の効かない悪魔を利用しているつもりで利用されている、と?」

「どうかな。ある意味、ボクらと人間はWIN-WINの関係になる。ある者は代償を求め、等価の力を与える。ある者は自らの技術を提供することを喜びとし、そしてある者は無償で力を貸す代わりに、その結末に愉悦する。……形はどうあれ、需要と供給が一致するケースは少なくない」


結末を知らないだけで、力を享受する人間は、喜んで自分の道を進むだろう。


オレの言葉らしからぬ、そんな言葉が誰が発したわけでもないのに脳内をよぎった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る