2.前兆なき異変(1)

「言ってないですよね、アスタロトさん。そこまでは!」

「言ってないよ。本当に行方不明になられそうだし」

「そうだよね、決戦京都編とかいらないからね。京都行きたいけど、行くなら観光で行きたいからね。問題のフラグはいらない」

「ボクとしてはお勧めしないけど……」


オレと忍であらぬ可能性までたどり着いてしまったせいかアスタロトさんが、助け舟を出してくれる。


「困ったことがあったら『アンダーヘブンズバー』に行ってごらん」

「アンダーヘブンズ……前にも聞いたことがあるような」

「公爵がぽろっと言ってたことがある。たぶん行きつけか何かだろうね。名前がもうそれっぽいけど。あと、ルースさん追っかけてた時にそれっぽいバーがあった」

「お前、よく覚えてんな」


それを黙って聞いていたアスタロトさんが、忍の説明を継ぐ。


「神魔の情報交換の場所みたいなものだよ。溜まり場になっているからボクは好きじゃないんだけど」

「あーなんか、オレもそういうのは……」

「あくまで困ったことがあったら、だよ。マスターは人間だけど、適当にダンタリオンの名前でも出しておけば情報くらいは出してくれると思うから」


軽く言ってくれた。


「じゃ、ボクも用があるから行くけど。パイモンに会ったらよろしく言っておいて」


そして去っていく。


「何か、改めて用があるとか言われると違和感あるな、気のせい?」

「いや、あるんでしょ? 公爵に何か用事が。アスタロトさんここ基点にしてるし帰ってきた感じじゃないもんね」


そうか、違和感はそれか。

自宅に用があると言って戻る人はいないのと一緒だ。

いや、ここアスタロトさんの邸宅じゃないけども。


「それで、行くのか? 合羽橋」

「ちょっと遠いから午後潰れるだろうけど……秋葉はそれを理由に断ってくれてもいいよ」

「いや、なんか改めて言われると食品サンプルとか見たことないわ。外国人が来てただけあってすごいんだろ?」


どうだろう。

と忍もあまり知らない様子。


「包丁も目利きではないので善し悪しが分からない」

「うん、包丁は間に合ってるからいいわ」


そんなわけで、とりあえず行ってみることにした。



* * *



が。


そんな簡単に、みつかるはずもなく。


……というか、二十三区内にどれだけ人間いると思ってるんだよ。

神魔にしても観光地で人探しとか正気の沙汰じゃないわ。


「食品サンプル……海外にはないのかな。割と見慣れてるから感慨があまりわかないんだけど」

「そうか? なんか意外だな。作ってみたいとか言いそうなのに」

「いや、作ってるところはテレビで見てものすごく面白かった」


しかし、飾られているのはすでに完成品であり、やっぱりある程度見慣れている代物だ。

言われてみれば完成度はめちゃくちゃ高いのが、日本人らしいと言えばらしい。


「職人技だよね」

「……アスタロトさんストラップとか持ってそうで、オレ、怖い」

「勝手にキャラ付けしてると怒られるよ」


そういえば怒ったところ見たことないけど、そういう人の方が怒らせると怖いんだよなとオレは思う。


「持っていたにしても自分用というより、ちょっと面白いからとかそういう感覚な気がする」

「……それ、お前だろ」


オレはこいつに意味もなく、有名菓子ラーメンのメモ付箋を謹呈されたことがある。

経験論だ。


しかしながら、さすがに道具を買う用事はなく、初見の道具街を眺めつつその日は終了だ。

教えてもらったバーも、あの時は路地裏に入ったり追いかけっこ状態だったので場所がよくわからず、一応検索をかけても出てはこなかった。


困るというほど困ったわけでもないので、そのまま撤収、ということになる。



そして数日後。


「パイモンさん……まだみつかってないのか……」


さりげなく、芸能文化圏の観光スポットに黒服警官が増えている。

その様子を見ながら今日は、臨海。


「あの後、公爵に不知火の鼻で見つけろとか言われたけど、一度も会ってないのに普通に無理だよね。という話に落ち着き」

「飼い主不在でその話もどうなんだよ。そもそも不知火は普通の犬じゃないだろ」

「断る権限はないんだけど、多分二人とも嫌だろうなと思ってその場で断っておいた」


いいんじゃないか。

この場合の「二人」というのは司さんと不知火自身のことであろう。

不知火は、あまりダンタリオンにはなついていない。


というか、多分、司さんが警戒している相手には当然なつくわけもない。


そういう意味では、エシェルの方がなつかれている気もするが、司さんはエシェルの正体については知らないわけで……


複雑だ。


ただ、森さんと忍が話しているところを聞いていたから、不知火は物言わぬ情報の共有者ではある。正直、フランス大使館の庭に通うのはそういった意図からなのか、他意はないのか、オレにはわからない。


「そもそもそれ、個人的な話で霊装の方に探させるとかもうおかしいだろ」

「うん、しかし公爵も割と切羽詰まってきている」


という忍はちょっと笑っていた。

すっごいわかるわ。

いつもオレのことバカにしてたりしただけに、たまには働け、いい気味だとしか言いようがない。


「観光の滞在許可は3か月だからな。最長3か月たてば更新手続きかそれまでに帰還だろ? ……事件性ないならそっとしておいてもいい気がしてきた」

「だけどやらないと、魔王様のご不興は買うでしょう」

「だから笑ってられるってことだよな」


逆に考えればあと2か月と少し、探してますの演出をすれば済む話でもある。

本当に、事件性がなくてよかった。


そうなると、真剣にさまよっているらしきパイモンさんの用事の方がふつうに気になるところだ。


「森ちゃん経由で司くんからの情報もらったんだけど、特殊部隊の方も巻き添え食らい始めてるらしいよ」

「それは笑えない」


そして海の見える臨海の道から、街の方へ向かう。


「なんか、平和になってよかったな」


表面だけでも、という意味であることはよく分かっているらしく、忍はそうだねと言いながらビルを見上げる。

なんのことはない、オフィス街でも観光地でもない、普通の街並みだ。


住宅地でもないが、だからこそ昼の日常がそこかしこにあふれていた。


「ん……?」


その時だった。

空を見上げていた忍が、なんとなく足を止めた。


「どしたん?」

「いや、なんか……」


ビルの谷間。

そこから見える空は、少しだけ大木に囲まれた地面から見上げる空の構図に似ている。

それでも新しい市街地に属するそのあたりは、街並みが整っていて、ビルの窓に映る白い雲もよく映えた。


「?」


倣って見上げるが、特に何といったことはない。

しかし、忍はなぜかしばらく空を、まるで何か探るようにじっと見上げていたが……


「気のせいかな……」


ぽつりとそう漏らす。少しだけうつむかせていた視線もすぐに戻してきた。


「ごめん、なんでもな……」


数歩先で足を止めていたオレの方へそう言って、足を踏み出しかける。その瞬間だった。

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