3.御使いは咎人を白きものへ(1)ー天使
「はっはははは! いいね、軽いぜ」
ダンタリオンが一気に、上空に跳ぶ。
今ここにいる天使は最下層のエンジェルス。
到底、魔界の公爵にとっては役不足だった。
あっというまに遥か高みで駆逐して、そして、遠くに散っている天使の姿を見つけたダンタリオンは、そちらに向かって姿を消した。
「おいおい、なーんか今回特殊部隊いらなくね? おぢさん楽でいいけどよ……清ちゃん、あとで説明してくれるかなぁ」
「そうですね、ゆっくり話すとしましょう。今回は、魔界からの増援があるのでおそらく、思っていたよりは被害は小さいはずです」
「『思っていたよりは』ねぇ……連続で大挙されても茶菓子の準備もできてねぇし、ま、『石』の修復も済んだみたいだし、今回はここまで、ってか」
そして和さんは空を見上げる。
いつのまにか海に浮かぶブルーホールのように空に空いたうっすらとした空に溶ける白い穴は、閉じ始めていた。
「……?」
そして、オレは再び何かを感じ振り返った。
さっきと同じ場所。
ビルの屋上に誰かがいる……
「……あれは……」
「秋葉くん?」
「すみません、オレ、ちょっと行ってきます!」
人影は遠かったが、見間違いでなければ、あれは……
「清ちゃん、秋葉はあんなにアクティブだったかねぇ」
「どうでしょう。最近はいろいろなことがありましたから、何か変わったのかもしれないし、元々あぁだったのかもしれないし。……わからないことだらけですね」
そんなつぶやきを背後に聞きながら、オレは飛散した瓦礫の散らばる道を駆けた。
そのビルは、高層、というほどではなかった。
けれどそれなりに高さがあって……
幸い電気系統はやられていない。どこも無傷だ。
エレベータを使う。
こんな時は使わない方が無難なことはわかっていたが、20階近くを階段で駆け上がるだけの自信はない。
ほんの数分間、正常に動いてくれればいい。
もうみんな逃げ出したせいか、誰もいないビルの中は妙に静かだった。
それで、なんだか逆に落ち着いた気がする。
エレベータが到着して、乗ると、オレは躊躇なく最上階を押した。
問題なく最上階に到着する。
あの屋上の人影。
あれは……
エレベータは屋上には通ってなかった。
そもそも展望や、くつろぐための場所ではないのだろう。
ビルを維持する機器のメンテナンスのためにあるだけの場所だと思う。
「関係者以外立ち入り禁止」のなけなしの表示を越えて、非常用の階段で上がる。
行き止まりの扉を開けると、強い風が吹き込んでくる。
案の定、屋上には何もなかった。
人の立ち入りを前提としていないのだろう。柵のようなものもない。
だからだ。
その人影が、一瞬だが妙に浮いて見えたのは。
そしてその影の主は、普通の人なら足がすくみそうな高さのその場所に、今は座って下界を見下ろしていた。
「……エシェル?」
「……」
太陽の光と、吹く風でシルバーブロンドの髪がその都度、色味を変える。
日本人ではないその色で、あるいはそのシルエットで、秋葉にはそれが誰か予想ができていた。
「秋葉か」
少し間があって、声が返ってきた。
「どうしてこんなところに来たんだ」
「どうしてって……」
そういわれても。
あそこにいても、できることはないと思ったのかもしれない。
あるいは、エシェルの姿を見つけたから衝動的に来てしまったのかもしれない。
自分の性格を考えると、できることがないからなんて理由で危険な場所に来るようなことはないはずだと思う、が。
「エシェルの姿が見えた気がしたから……ひょっとして、さっきも見てたか?」
「見てたよ、ずっと」
ずっと、というのはいつからだろう。
エシェルは振り返りもせずに、傍観者のようにただそこから少し離れた戦場を見下ろしていた。
「見てた。忍が悪魔を呼びだす力を手に入れてしまったところも」
「……! でもそれは……」
「わかっているよ。必要悪だ」
悪、なのだろうか。
それは天使からこの街を護るための力で、オレは躊躇してしまったけれど、善悪では測れない気がする。
きっとエシェルたち天使からしたら、敵対する勢力を扱うものだから悪には違いないのだろうけれど……
「あの指輪は」
エシェルはやはり振り返らない。
オレは、会話をするのに弊害がない距離位に近づいて、その背を見た。
「神がソロモンに与えたもの。存在そのものが悪ではないのは皆知っている」
「! ……なんで、カミサマが悪魔を使える力なんて……」
「当時は神殿建設のためということだったけれどね。時代が変われば伝承も変わり、使われ方も変わり、……真実は埋没していく」
高い場所だから風は止まない。
強いビル風は、時々向きを変えて土埃の匂いをここまで運んできた。
そして、天使も。
「……天使……」
数体の天使が、エシェルを見下ろす形で集まって来ていた。
無意識に、だ。恐怖の記憶とともにオレの片足は後ろに一歩、退かれる。
一方でエシェルは無言で立ち上がり、それらに向き直った。
「去れ。さもなくば、消えてもらう」
『……人の子を庇うのですか』
天使……エンジェルスの一体が、そう言葉を発した。
「そんなつもりはない。彼は勝手にここへ来ただけだ」
『では、我々が神命を遂げることに異論はないということですね』
天使はそれだけいうと、こちらに翼を寄せてくる。
エシェルは、背を向けたまま。
当然だろう。
「これ」を消したら裏切り者になりかねない。
エシェル自身は、静観の立場でいるつもりだったようだが、それでも命令が下れば、人間を殺すのかもしれない。
この天使たちと同じように。
ゆっくりと羽ばたきながら見下ろす三体のエンジェルス。
じりっと更に後ろ足を引くが、逃げ切れる気はしない。
……ここに来たのが間違いだった。
早計だった。
オレは、考えなしにここへ来たことを後悔した。
エシェルにとっても、オレにとっても、ここへ来たところでいいことなどありはしなかったんだと。
『人の子よ』
『神のもとにも召されぬ矮小なものよ』
口々に声をかけてくる。
モノ言わずに人を消してきた天使たちの口から放たれるその声は、決して醜くはなかったがおぞましいものだった。
『せめて、消えなさい』
ばさっ
翼が大きく翻り、間近に影が覆いかぶさってくる。
こちらに向かって伸ばされる、その手。
視界が一瞬、黒く塗りつぶされた。
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