前兆なき異変(4)ー召喚
さすがのアスタロトさんもそれが他でもない「目の前」から起きたことで少し意外そうな顔をしていた。
忍だった。
「……忍、君は……」
「秋葉は無理だと思っている。だから、無理。なら私がやります」
毅然と言い放った。
手にしているのはチェーンの部分ではない。指輪の部分だ。
「……。なるほどね。君もボクたちと長らく交わってきた人間だ。手にする資格はあるようだね」
アスタロトさんもそれを認めて、その右手を静かに見つめている。
その時はじめてヘリが上空を旋回していることに気が付いた。
おそらく術師だろう。
だが、この状態では降りてこらえるわけがない。
その横に、いきなり車がけたたましいブレーキ音とともに止まった。
オレだけでなく、忍とアスタロトさんの視線も自然、そちらに向いた。
「秋葉よぅ、無事かぁ!」
自動で降りる窓ガラスの速さがもどかしいように、そう声をかけてきたのは和さんだった。
「局長」
その反対側の席からいつになく慌ただしくドアが開き、力任せに締まる音。
清明さんが珍しいくらいの勢いでオレたちの前に現れた。
「大丈夫か、二人とも!」
「大丈夫だよ。ただ、彼らには今、運命の選択をしてもらっていたところでね」
「……!」
清明さんは、どこまで何を知っていたのかアスタロトさんから言われ、オレたちを見て、忍の手元を見て、顔色を変えた。
「それはまさか……」
「そう。まさか、だよ。君が来たということは、もうすぐこの辺りも整うとは思うけれど、待ってはいられない。彼女には『契約』をしてもらう」
「……」
どういう事態なのか、言葉を失う清明さん。
アスタロトさんは、待ってはくれなかった。
「ボクはこれから忍にレクチャーを行うよ。当然に、いきなり使いこなせる訳はない。あくまで君たちの準備が整うまでの足止めと、出来る限りの掃討をしてもらう」
「それは、普通の人間でも扱えるものなんですか」
ようやく開いたその口から出たのは、未知の存在に対する当然の疑問だった。
「どうだろうね。ただ、資質がない人間には触れられもしないよ。例え悪魔のボクたちでもね。扱いについては今回はボクがつくから、君たちの持っている切り札……カミオロシよりはずっと安全なはずだ」
そういうとアスタロトさんは、忍に向かって手を差し伸べた。
もうそれ以上の説明をする気はないようだった。
「忍……!」
「大丈夫だよ。秋葉にしかできないこともあるんだから、秋葉はそれをすればいい」
軽く言ってくれる。
オレは体ごと躊躇して動けもしなかったのに、何ができるっていうんだ。
身代わりにしたような罪悪感が、突如、内側から湧いて出た心地だ。
忍はためらいなく、アスタロトさんの手を取る。
アスタロトさんは忍を連れて、瓦礫を足場に、大きく窓の割れたビルの中層階に消えた。
「和さん、オレ……」
「安心しろぃ。近くにいた俺たちが一番乗りだが、術師の手配は済んでいる。あいつら閉じ込めた後なら特殊部隊がなんとかするさぁ」
いう通り、続々と警察車両や情報局の緊急組織が集まってきた。
地下鉄構内に避難している人がいることを伝えると、そこはそのまま先発で到着した術師たちの手によって、結界が張られ、今回のベースになることが決定した。
「清明さん、要石は……」
「割れたよ。また。前兆がなかったのは、いきなり壊されたからだ。どうやら内部犯がいるようだね」
こんな世界で、内部犯なんて……
一瞬だけエシェルの顔がよぎったが、ありえない、と思った。
人間を演じ続けてまでとどまるエシェルが、そこまで立ち入ることは、逆に避けるだろうと思ったからだ。
そんな時ふと、なぜか後ろから視線を感じて……などというのだろうか。自分はそんなものを感じられるほど、敏感ではないと思うのだが……なんとなく、としかいえない感覚で振り返る。
……もちろん、何もそこにはいなかったが。
「……」
なんだろう。気になりはする。妙な感覚だ。
いつも海側から吹いている風が、いつのまにか逆になっていることに気付いたが、その時、大きな揺れが辺りを襲った。
「何…っ」
とっさに身を低くする戦闘慣れた人たち。
そうでない人も、オレも含めてほとんど本能的に身を屈めた。
「地震……!?」
「こんな時にか!」
「あーこれ、アガレスの奴だな」
「え……」
この辺りを前線に抑えていたダンタリオンが戻ってきた。
「忍が喚んだんだろう。一人目としてはまぁ妥当か」
「……ソロモンの指輪で、ですか」
「そう。まだあいつらこの辺うろついてるからな。結界が行き届かない危険エリアからも地震名目にさっさと避難させろってことだろ」
再び地震が起こる。
余震なんてレベルではないが、不思議と無事な建物から窓が割れ落ちたり、電柱が倒れたりなどといういうこともなかった。
「効果範囲はたぶん直径6,7㎞ってとこか」
「周辺でぶらぶらしてる奴らに告ぐ! 黒服警察は周囲10㎞圏内から民間人を退避させろ。理由は今の地震てことで統一だ!」
和さんが意図を理解して、無線を繋いでいる。
ものすごい適当なことを言っていそうでそれが逆に圧迫感を与えている。無線の向こうから次々と了解の応答が返ってきている。
「天使が見える区画の奴は、民間人の救助優先! 補給支援はそのまま任務を続行しろぃ!」
ドォン!
再び爆音。
だが、これは違う。戦闘音じゃない。
忍とアスタロトさんが消えたあたりから煙とともに現れたのは、強靭な狼の姿、ヘビの尾を持つ悪魔だった。
「アモンだな。あいつも日本に来てたことがあるから、協力的だろう。炎の侯爵の異名を持つ悪魔だ。……いい選択だ。戦力としては申し分ない」
ボロ市で見かけた、悪魔ではないだろうか。
確か、姿で似たようなことを話していたのを聞いた覚えがある。
炎の侯爵。
異名の通り、地上、空中関係なしにそれは駆け、口から吐く炎で一気に天使たちを焼き尽くした。
「範囲が広いからもう一人くらい、欲しいところだがそろそろ限界も……ん?」
言っているダンタリオンの足元にふいに魔法陣が水色の光を帯びて描かれる。
これは……シジルだ。
「……え、まさかあいつ……ダンタリオンを……」
「よっし! いいぞ! 忍。最善策だ! 久々に全力で暴れてやるぜ!」
転移、ではない。召喚だ。
それが成立した悪魔は、すべての制限がはずされる。
この国の神魔は、ほぼ全員が、何らかの形で制限を受けている。
それは大きすぎる力で、人の住処を壊してしまわないため。
そのまま、人間と協力することで、彼らはこの国をその状態のままで守ってくれていた。
それがはずれた悪魔は、果たしてどれほどの……
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