御使いは咎人を白きものへ(2)ー警告
どさり。
次の瞬間、そんな音がして……恐る恐る目を開けると、周りに天使たちが「落ちて」いる。
顔を上げる。と、エシェルがこちらを向いていた。
「すぐにビルの中に戻りたまえ」
「え……」
助けてくれた……?
でも、これが筒抜けだったら……
『見ましたよ』
『あなたは罪ありし、人の子を助けた』
『我らの同胞を消して』
そして、それを見ていたらしい天使たちがさらに集まってきた。
エシェルはこちらに歩を寄せながら、こともなげに言った。
「僕は行ったはずだ。去らなければ消す、と」
『……』
ビルの入り口にほど近い場所まで来て、再び踵を返す。
こちら側に背を向けるようにして。
「僕の役目は人間を見続けること。それを邪魔するのであれば、お前たちにも咎がある」
『その言葉、伝えさせていただきます』
それ以上危害を加える気はないのか、去ろうとする。
しかし、わずか上空に上がったところで、それらはすべて翼を切り裂かれ、悲鳴も上げずに虚空で白い翼を散らした。
「……秋葉、すぐにここから逃げろ……!」
エシェルではない。
他の何かがそれをやった。
オレにもそれはわかる。
場所が入口に近かったこともあって、オレは言われた通りにビルに駆け込む。
直後にそれはやってきた。
「……お久しぶりですね、ウリエル様」
「……君か」
「はい、役目を持つあなた様の邪魔をしているようなので、排除させていただきました。とんだご無礼を」
「……エンジェルスを連れてきたのは、君なのか」
階段から逃げるには、音も大きく立ててしまいそうでオレはドアの影に身を潜めてそれを聞いていた。
聞こえる声は、男性のようにも思えるが……
一歩でも動いたらアウトだろう。
できるだけ気配を殺して、静かに、ただここにいるしかない。
そう思った。
「そうです。今日はたまたま、この国の結界の外を巡回していたのです」
巡回。
それじゃあ初めから、攻めてくる気はなかったってことなのか?
まるでオレの心中に応えるかのように会話は続いている。
「そうしたらいきなり、結界に穴が開いた。様子見も兼ねて降りてまいりました」
「……様子見には見えないが」
「仕方ありません。我々に下されている命は、罪咎(つみとが)の浄化ですから」
少しだけ間があった。
「しかし、結界は閉ざされるようです。我々はこれで失礼します」
なんだか信じがたい会話だった。
エシェルと話している天使は、自分から退くと言っている。
今まで見てきた天使たちは、少なくとも結界があろうがなかろうが、ただ殺戮を繰り返す無機的な存在にしか見えていなかったというのに……
「それが賢明だ。閉ざされたらどちらかが全滅するまで戦う羽目になる」
「えぇ、私の役目はエンジェルスを全滅させることではありませんので」
このままでは人間の側に分がある、と踏んでいるのだろう。
今まで強襲してきた天使たちとは違う、判断力を感じさせる。
「ウリエル様、この機にともに出る心づもりはおありで?」
「いや、僕はこのまま残るよ」
「そうですか。会えて良かった。私はあなたの聡明で何よりも思慮深さを敬愛しております」
「……」
ウリエル。
それがエシェルの天使としての名前。
相手の天使はどうやら、エシェルより格は下で、天使としてのエシェルを慕っていることは素直に感じられた。
「ですので、ひとつだけ警告を」
ばさりと翼が動く音がした。
「ミカエル様が動いていらっしゃる」
「……!」
「次にこの国の結界が崩れる予兆が見えたとき……おそらくミカエル様直々にいらっしゃるでしょう。いつまでも陥とせないこの国を、酷くうとましく思っておられる。いつまでも神命が適わないことも」
「そうか……」
それだけ言うとひときわ大きな羽ばたきの音。
去ったのだろうか。
わずかな沈黙が訪れた。
「……先ほどの人間は、あなたの新しい友人ですか」
「!」
気づかれていた。
おそらく、今ここにいることも。
早鐘のように心臓が鳴り出したのが分かる。
エシェルにとっても、オレにとっても、どうなるのか全く見当すらつかなかった。
「友人、ね。そうだね、僕がこの世界で人の姿でいるうちは、何人かはそんな存在も過去にいた」
しかし、エシェルの声は静かだった。
「……くれぐれも、選択を見誤らないよう。ウリエル様に限ってそのようなことはないとは存じますが……」
「買い被りすぎじゃないか?」
「天使というのは、それくらいでちょうどよいものですよ。天界に戻られる日を、お待ちしています」
そういうと今度こそ、羽を打つ音が一度強く聞こえ、気配が遠ざかるのがわかった。
……オレは極度の緊張から解放されて、背中を壁につけたまま、ずず、と下に崩れそうになる。
「……忍が戻るよ。君も早く帰った方がいい」
むろん、エシェルにも気づかれていたようで。
今度こそ、襲ってくる天使たちがいなくなったが、エシェルは相変わらず背を向けていて……
オレは、それ以上はその姿を見ずに、静かに階段を下りはじめた。
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