12.世界の交点にて【中心となり】

少しあっけにとられたようなエシェル。

うん、まぁこの状況だとそうだと思うよ。

……アスタロトさん。ここにきても通常運行ってどういうことですか。

いつもどおりの口調で、何事もないかのようにアスタロトさんはエシェルに話しかけている。


「君、天使にしてはいいこと言うね。ボクもさっきから彼とは意見が合わなそうだと思っていたところなんだ」


突然の、魔界の実力者の登場に、誰もが動くことをやめていた。

なぜかミカエルでさえも。


「いや、ずっと。かな。アレは昔からそうだ。力押しで派手に演出すれば、強く見えると思ってる?」


そして、人間と同じ目線から、それを見上げた。

大天使ミカエルを。

見下ろす位置にいながらも、忌々しそうにミカエルの表情が憤怒の中に現れていた。


「貴様は堕ちた神……アスタロトか」

「久しぶりだね。魔界と天界の大戦以来かな。もっとも君らとボクらが出会うことなんて機会すらもないと思うけど」


堕ちた神。

アスタロトさんは、元からの悪魔ではなく、堕天使でもなく、異教の神だった、ということか。

オレはその底知れない存在の理由を、初めて知ったように感じた。


「あと、堕ちたっていうのは心外だ。君たちが勝手に堕としたんだろ。彼が人間によって聖人化されたのと一緒。……君、結局人間レベルの認識しかできないのかい?」

「……我らを愚弄するなら貴様の存在を、今ここで地獄からも消し去るべきか」

「怖い怖い。まるで魔王だね。もっとも魔界の猊下は、君ほど野蛮じゃない。でも君は実直だ」


そして、微笑む。いつものように。


「さぞかし使いやすい駒なんだろうね」

「貴様……!」


ゴッ


ミカエルの、気迫がそのまま衝撃の塊になったような攻撃が、その場を中心に爆散する様に放たれた。

が、全員がそれを見越したように、散る。


アスタロトさんは当然、一瞬にして。

特殊部隊はそれぞれ跳んで避ける。

そして


「……確かに君と僕は、初対面ではあるけれど、結局君は僕を殺したいのか?」


エシェルは怪我をしているため、速度的に逃げられなかった模様。


「ごめんごめん。さすがにちょっとモノ申したかったんだよね、散々労苦をかけさせられたのはボクも同じで」


一応、シールドのようなものを張って難を逃れたようだ。相変わらずその場にとどまっているが、それ以上の怪我はない。


「ミカエル、二度も君が引っ張り出されるっていうのはよほど追い詰められてるってことだろう?」


そしてアスタロトさんは、傾いで崩れかけたビルの上から再びそちらを見た。

今度はミカエル自身とほど近い高さになっていた。


「君の未来、教えてあげようか」

「悪魔の視る未来など、知る価値もない!」

「そう、残念だ」


ミカエルの豪胆な攻撃を、反比例した身軽さでかわすアスタロトさん。

ダンタリオンが割って入った。


「お前の相手はこっちなんだよ!」


魔法。としか言いようのない攻撃で至近距離から爆裂を起こす。

アスタロトさんは、入れ替わりで再び退場し、神魔たちが再び降下をして天使との距離を詰める。


「お前な、煽るだけ煽って傍観に回んなよ!」

「失礼だな。上を抑えるのは君たちの役割だろ。役のないボクはせいぜい……」


ミカエルが動くとともに、天使たちが動いていた。

地上に向かって、猛速で躍りかかる。


狙いはエシェル、ではない。むしろ排除対象は人間だ。

小賢しい特殊部隊を先に片付けるつもりなのだろう。


「地味に雑魚を片付けるくらいだね」


次の瞬間、横並びになった天使のその最前列が、空を切り裂く音……あるいは、音のない衝撃とともに胴体から真っ二つになると同時に反対側のビルに叩きつけられ、飛び散った。


「……」


その光景を見上げるエシェル。

以前より高度を下げた戦場はだが、まだ上で。


そこは先ほどの炎の海の底のように、静かだった。


「……エシェル!」


オレと忍は、そこへ駆けつける。

どこにいても、もう同じだ。


だったら、今、一人で見上げるそこへ行きたいと思った。あるいは何も考えていない。それだけだった。


「……秋葉……」


天使としての姿を改めて間近で見る。

何がどう変わったというわけでもなかった。


相変わらず童顔で少年と青年の間くらいに小柄だ。

服装や翼が変わったところで、さして違和もなかった。


「羽、……大丈夫なの?」

「あぁ、別にこれで飛んでいるわけではないからね。……象徴のようなものだ」


うっすらと微笑うが、片翼となったその姿で、その言葉の意味は知れなかった。

しかし、自分の傷のことには構わず、エシェルは再び見上げながら言った。


「ここは今、世界の中心だそうだ」

「え……」


突然の言葉に、次を待つしかない。

それは忍も同じだ。


「すべての境界。それが交わるところ。世界の端なんかじゃない、僕たちはそこに立っている」


静かにエシェルは、そう戦線の向こうに広がる幾ばくかの空の色を瞳に映しこみながら言の葉を紡ぎ始めた。

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