13.移ろう刻の行く末に【やがて】

まだ、わからない。


「人と異教の神、魔、そして天使。秋葉、君がすべて繋げたんだな」

「オレはそんな大層なことは……」

「そうかもしれない」


らしい、と言っていいのか。

あっさり肯定されました。


「だが、ここにたどり着いた。自分たちの世界の中心にいることをやめ、その外を目指したもの、あるいは端を目指したものは……

ここにいる者はすべて、世界の狭間に立っている」


そして、狭間という名の交差点で人が天使を退け、神魔がそれを助けるその光景を、エシェルはただ、眺めていた。


「そうだね、僕らはみんなそれぞれの選択で、ここにたどり着いた」


振り返ると清明さん……いや、キミカズがそこに立っていた。


「司は無力さを知り、戦うための……守るための力を手に入れることを選び、忍はただ、理解の道を進んだ。秋葉、君はどんな選択でここまで来た?」


問われても、そんな大層な答えは出なかった。

出るはずもなかった。


「自分で自分のことは見えないものだよ。君は、僕たちを繋げた。繋ぎ続けた。僕がここまで来られたのも、君が繋いでくれたからだ」


『清明さん』は言う。


「ダンタリオン公爵は荒廃した街で異形の姿を取って話の出来る者を探した。……偶然なんかじゃない。その姿を見たものは、みんな逃げて行ったのだから。君は逃げなかった。それがすべての始まりだろう」


思い出す。

確かに、あの時は……逃げるべきだと思った。

「ふつう」だったらそうしていただろう。


どうしてオレは、逃げなかったんだろう。

諦めていた気はするけれど。開き直りだろうか。


わからなかった。


「忍も司も、稀有な意志の強さの持ち主だ。でも、ふつうはそうじゃないんだよ。それが『ふつう』なんだ。君は、そんなふつうのまま、ここに至った。……僕らはこんなだから、わかる。『普通でい続けられること』それが一番、難しいんだって」

「……清明さん、オレ、もう『普通』じゃないですよ」


けれど、オレはいい加減、あきらめることにした。

諦めが早いのは一種の特技だと忍はよくいうけれど、どうして今まで、頑なにそれができなかったのだろうかとは思う。

話のすべてが理解できたわけではないけれど、それがどういうことなのか、わかったような気がした。


ようやく、オレは「諦め」た。そして、すべてを受け入れる。


「神魔と会って、当たり前みたいにそれが日常で。天使と友だちになって、陰陽師の宮様も一緒? オレだけじゃない。ここにいるみんなおかしい」


真顔で言ってから。

……なぜか笑ってしまった。『清明さん』も一緒だ。


「そうだね、おかしいね。でもおかげで、僕の夢は叶ったみたいだ」

「……キミカズの夢」


忍と顔を見合わせる。

人ならざる友人たちが、理不尽に傷つくことのないように。

人とそうでない者たちが、共存できるように。


……手を取り合うことができるように。


「……叶った、って過去形にするの早くないですか」

「あ、ごめん。大物がかかったから、つい」

「それってひょっとして僕のことかい?」


天使であるエシェルも、繋がった。

それはまだ頼りないほど細い糸なのかもしれないけれど……


「そう、そういう意味では、まだ何も終わってなかったね」


そしてオレたちは、その終幕を知ることになる。



* * *



中層域。

人と神魔、そして天使が入り乱れて交戦している。

神魔は人の手が届かない上空に、それらが逃げられないよう、上に網を張っていた。

しかし、ミカエルは端から撤退する気など毛頭ない。


数では勝り始めた人間や、魔界から召喚された悪魔たちを相手に、猛反撃を繰り出している。

ダンタリオンは……苦戦なのだろう。もうメンドクサイとばかりに嫌そうな顔で応戦中。


「貴様は生かしておけん!」

「やめてくれないかな。君の相手はそっちの大使の方が適任だよ」


一度は撤退したアスタロトさんは、ミカエルから執拗な攻撃を受けている。

反撃というほどの反撃をしないのは何故だろう。


「……アスタロトさん、ミカエルの未来が視えたって言ってたよね」


忍がそれを見上げながら隣で呟いた。


「大天使の未来がそうそう見えるはずはない。第一、彼が関わった時点で、彼の見た未来は可変する」

「……それ」


エシェルがそういったが、自分で言ったことで何かに気付いたらしい。

忍もだ。

一瞬だけ視線を交わし合った。


「さっきもエシェルが地上に落ちる、って当てたよ。オレ、ついこっち来ようとしたんだけど、止められた」

「……つまり、その後、それを狙って人間が強襲をかけることも『視えていた』ということか」


何かが、エシェルの中で答えになったようだった。

忍がつぶやくように、言う。


「アスタロトさんが関われば関わるほど未来は可変する可能性が大きくなる、つまり」

「介入しないことで、予見の確率を高めている」


だとすれば。

この戦いの勝敗は。


「! 秋葉、あれ!」

「天使が……増援!?」


減ったと思われた天使は、更に結界の隙間を縫って降りてくる。

上空にいた神魔たちはそちらの侵入を防ぐために、戦力を分散されることになる。


「……彼の見た未来。それは一体なんなんだ」


再び混戦の気配を見せる空の高み。エシェルが落とすように呟いた。

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