それぞれのオフ-忍の場合
その日。オレは定例となったダンタリオンの公館を訪問した。
本当に「定時連絡」の日なので、特に連れはいない。
涼しい雨がふっていた。
傘を手に、一人で門を抜けアプローチを歩いていると……
「お前、何してんの?」
アプローチから分岐した道のほんの少し先、東屋のところに忍の姿を見つけ、ついそこまで足を延ばして、聞いた。
「秋葉、今日はここなんだ」
「うん、で、今日は休みでも取ったのか」
服装は私服。
傘をたたんで東屋に入ると、花の香りがする。
花……というかハーブだろう。
シャープな香りや甘い香りが混じっていて、鼻腔をつく。
実際、屋根の下の白いテーブルの上には、刈り取られた草花が大量に置かれていた。
「そうだよ、公爵が庭の手入れ手伝ってくれって、ヘルプ入れて来るから」
それ、この間オレが断ったやつだな。
忍にまで声かけてたのか。
本当にふつうにバイトだったのか。
オレはなんとなく遠い目になった。
「バイトって言われただろ。……それ普通に受けたのか?」
「まぁ興味もあったし現物支給ということで」
金のためでないなら、妥協ラインは確かにあったろう。
忍はこういうところは割と素直にポジティブだ。
「それにこんな静かなところで、雨を眺めて涼みながらハーブの仕分けなんて、なかなか贅沢な時間じゃないか」
……オレの贅沢の価値観と、大分違うことは、よくわかった。
「現物支給って、その花とか?」
「それもそうだし」
これ何だか知ってる?
とその内のひとつ、花もついていない枝を、差し出される。
「オレ、植物とか全然詳しくないんだけど」
「私もだよ」
そう言って、忍はその葉を少しこすると、においをかがせてくれた。
「あ、これは知ってる」
「ラベンダーだよ」
めちゃくちゃメジャーな植物だった。
「ラベンダーは……この時期だっけ?」
「花は違うね。でも豊穣系の女神さまの庭に行ったりすると、季節完全無視で花咲いてたりするよね」
そういえばそうだな。
すごくきれいな庭園を持っている神魔は、自然系の女神に多い。
「けっこういい時間だよ。ひたすらに枝葉を落としたり雑草殲滅に没頭していると、無になれる」
「それある意味、悟りの境地だな。言葉は物騒だけど」
無心に緑の手入れをするのは、作業と思えば作業だが、割とストレス解消になるという。
ここは静かで、街中にありつつも外界と隔絶されているし、そう言われればそうかもしれない。
「でもハーブだからってそんなにもらっても、使いきれないんじゃないか」
「ハーブはお茶にする分だけ、あとは花をもらって森ちゃんと分ける」
「ちょ、森さんも来てるのか!?」
「向こうで、作業してるよ」
何の。
といっても庭師が云々言っていたから、こんな感じの類型だろう。
「ダンタリオンの奴、森さんにまで声かけたの? ……作業させるとか、司さんが怒るんじゃ……」
もっとも、オレは司さんがそんなことで怒っているところを見たことはないことにも追ってすぐ気付く。
「私が誘ったんだよ。森ちゃんもこういうの嫌いじゃないし、報酬は森ちゃんに支払われる」
「…………バイト料?」
「そう、最初の提示額の倍で」
「お前それって……」
なんか、分かってきた。
けどオレからの明言はなんとなく避ける。
「振り込みは森ちゃん名義で。それが後からどうなるだろうかは、想像に任せる」
「ずっる! 結局現物支給じゃないだろ!」
「現物は、おまけだね。公爵はあんまり金払いとか気にしないから、手数が増えたことを喜んでたよ」
公務員は基本、副業禁止である。
業務に支障が生じる云々。
これは趣味の範囲だし支障も何もないから、そう考えるとそこでお金をもらうのは逆になぜ悪いのかと思わないでもないが……とりあえず。
「それでも法に携わる仕事してんのか!」
単に、オレが見いだせなかった抜け道をみつけたことへの、八つ当たりである。
「秋葉……法律は知ればこそ、抜け道もわかるんだよ」
うっ。
正論だ。
正論だが
普通の職員は、抜け道に気づくほど、小難しく書かれた条文を、深く読み込まない。
「今日はふつうに充実感が半端ないし、これならたまに手伝いで来てもいいけどね」
「そうか……じゃあ今度はオレも誘ってくれ」
今度は便乗する方向で、諦める。
作業している本人たちが、面白いならなによりだ。
そして、じゃ。と別れた。
帰り際に東屋の方を見たが、すでに作業の痕跡もそこにはなかった。
忍のオフは、神出鬼没で基本、何をやっているのかわからない。
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