1.エシェルとのお茶会(2)ー帝国ホテルのチョコ

最新式のケトルを使いこなしている、天使のヒトがいる……


もちろん、ふいに思い浮かんだそれは黙っておくことにする。

第一、他の神魔と違って、そういう姿を見たことがないのだから、オレの脳内でもエシェルの見た目はずっと人間のままなわけで。


いつも通り抽出の時間をおいているところで、ようやく落ち着く。


「それにしても……昨日の今日、とは言わないけれどあんな大ごとがあったのに君たちはよく僕の所へ来る気になるな」


エシェルのそれはどこか呆れをはらんでいた。

こんなふうに、こんな形で「次」に会うことはないと思っていたのだろうか。


その気がなければ聞き出すつもりもなかったが、自分から、話を切り出した。


「正直、また現場が近かったし気になってたんだよね。でもフランス大使行方不明とか情報もないし、いるみたいだったから」


あ、リサーチ済だったのか。

そうだよな、いなくなればそれは情報局内から容易に探せるデータに載っていたことだろう。


「……何か、聞きに来たんじゃないのか?」

「……え」


オレと忍、素。


「……」


だから、本当に何かを聞き出すつもりはなかったんだって。

忍はたぶん、何かしら気になっていることはあるんだろうけど。


エシェルの沈黙の意味はうかがい知れない。


警戒心の強いエシェルのことだから、今日は何か聞かれるだろうと構えていただろうし、それでこれではちょっとは面食らったのかもしれないが、黙って考え込む間があった。


「……僕は君たちに存在そのものを救われている」


ふいに言い出した。

命を救われている、とは言わない。神魔にとっては、命というのが生命活動という意味での肉体を指すのなら、そういう認識なのかもしれない。


「だから、その分はせめて返さなければならない。あれだけのことがあったにもかかわらず、人間としての立場すら疑われないということは……君たちは黙秘を続けているということだろう」

「……」


今度はオレたちが黙る番だった。

忍の方を見るが、忍も少し考えている様子。


いきなり、そんな話になるとは思っていなかった。

この辺りはエシェルはすごく真面目なんだなとは思う。嘘は嫌いなタイプなんだろう。

いや、天使としてそういう気質なのかもしれないけど。


比べる対象がないのでわかるはずもなく……個性だと思っておく。


あとな、いきなりこの展開にはオレには切り返しは無理だ。頼む、忍。


「……そうだね、そういえば黙ったままだ」


今頃自覚したような発言はとりあえず、やめて。


「でもそれは、わざわざ話す必要がないからで、むしろエシェルに言われてすぐにここを出たからできたこともあったわけで」

「……君たちが、あの戦場の只中にいたことは見ていたよ」

「見て……ってまさか直接?」


リアルタイムでの中継は、護所局にしか入っていなかったはずだ。

閉鎖空間の出入りはできるとは聞いていたが、誰かが通れば感知される。森さんと不知火がそうだったように。

直接見る、の意味が分からないままオレは聞いてしまう。


「そうだね。すべて見ていた。……彼女に、司の妹に何が起こったかも」


森さんは直接面識はないが、不知火の件もあって把握はしているようだった。

ともかく、エシェルはすべて見ていた。


……それは、現場近くにいた、と考えるのが普通だろうが……


「この話をした上で、もう一度聞く。あの惨状を目にして、僕に聞きたいことは本当に何もないのかい?」

「……」


何度目かの、沈黙。

改めていわれてしまうと色々と疑問が出てこないでもないが、何をどこまで聞いていいのかわからない。


忍の方が、先に手を挙げた。


「エシェル……逆に聞くけど、聞いてほしいの?」

「……」


そしてまた、沈黙の応酬になる。


「話を戻す。僕は君たちに借りがある。だから、君たちは僕にそれを聞く権利があるし、僕にはそれに答える義務がある」


あーめちゃくちゃ真面目だな。

長いこと役目とかもあったらしいし、わからないでもないけど、エシェル、茶が冷える。


忍も気づいているのか、これ以上冷めてしまわないように、ポットからそれぞれのカップに紅茶を落とした。

立つ湯気はまだ十分、暖かいことを示している。


「じゃあ、仕切り直しだね」


全員のカップを紅茶が満たすと忍は、ため息をついてポットを置いた。


「まず前提。私たちはそんな重い話をしに来たわけじゃない。ね、秋葉」

「うん、オレどうしてるか確認したら、いつもみたいにお茶して帰るつもりだった」

「……君は本当にお人好しだな」

「エシェル、私は?」


単数形だったので、つい聞いている忍。

そして、君も十分お人好しだなどと言われている。


その対応に満足したのか、先に進める忍。


「そもそも、そんな難しい話をするためにのんきにケーキボックス持って来ると思う?」

「……誘ったのお前だよな。のんきに新作の紅茶見つけたから持ってくとか言ってたのお前だよな」

「確かにそうか」


いや、そっちじゃなくて本題進めて。

真に受けて納得もしなくていいから。


「エシェルは頭がいいから、最悪の事態とか考えちゃうんだよね……だから、今日はそういう話じゃなくて、エシェルからふってきたから聞くことは聞くけど、複雑な事情もありそうだし本当に話せないことは話さなくていいよ」

「そうだな、腹の底探りあいに来たんじゃないし」


そういう意味では、裏表のなさそうな生真面目なエシェルが選んで話す情報は信ぴょう性が高いだろうと、根拠もなく思う。

オレは注がれた紅茶を飲んだ。少し冷めていた。


「忍の言う通り、僕はそういうつもりでいたから何を聞いてくれてもいい。答えられることには答える」

「ホント? じゃあエシェルが出してくれたこっちのチョコどこで手に入るのか教えて」

「そこじゃないだろ。なんでチョコに目が行ってるんだ!」

「これ、ホワイトの入ったのがすごくおいしくて……帝国ホテルって書いてあるけど、帝国ホテル行けば売ってるの?」

「だからなんでそこでごくふつうの日常会話に戻ってんだ、結局聞く気ないだろお前」

「え、そんなことないけど……」


一瞬にして興味の対象がそれた忍はここぞとばかりに気になったらしいことを聞いている。

聞く優先順位はそれが一番なのか?


「……もらいものだけど箱でいくつかあるから、あとであげるよ。……僕から話した方が早いか?」

「そうだと思うよ、オレは」


呆れたため息をついて、同意する。

会話はようやく進みそうだ。


「さっきも言ったように、あの結界内で起きたことは直接見ていたから知ってる」

「直接って、結界の中は閉鎖されてたはずだけど、入ってこられたの?」


これは忍ではなくオレ。

ひとつずつ話してもらえるとこうやって聞き返しながら話が進められる気がする。

忍は地雷を警戒して、何なら聞いてもよくて何を聞いてはいけないか、を考えているようだが……


オレはそれ、わからないから聞くよ、普通に。

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