4.想い(1)ー 幼き頃の

唐突に。

清明さんはそう言って、自分の話をしようとしたようだった。

その表情は、いつものように柔らかい。


誰にともなしに顔を見合わせるが、誰も異論など持たなかった。


「今日はお泊り会ですから、時間はたっぷりありますよ」

「そうだったね」


森さんがそう言ったことでようやく、落ち着きを取り戻したようにそれぞれが、お茶を口にする。

すっかり冷めてしまっていたが、それでも少しほっとする。


「そもそも僕が、宮家の人間でありながら、偽名を使い、陰陽師のような真似をしている理由。これはずっと幼いころに起因している」


『宮家の人間でありながら』がどこにかかるのかはわからない。

そんなオレの早速の疑問を察したのか、清明さんはこう続ける。


「皇族っていうのは、神の系譜と言われているんだよ。つまり、神職系統だ。現在の陰陽道は儒教の流れを汲んでいる。本来陰陽道は、宗教体系ではなく自然の普遍原理により、世界の意味と動きを解読する思想と技術体系を基盤とするものなのだけれど……」


余計わからなくなる予感。

忍が自分の疑問なのか、助け舟なのか、いずれにしても分かりやすく聞いてくれた。


「つまり、どちらかといえば科学的な技術体系で、現在でいう『科学』とは違う方向で発展してきたものですか」

「そうだね、本来なら自然科学や博物学、哲学、医学、あらゆる分野に精通する。けど、日本に入ってきた当時、日本の学問は未熟だった。仏教や道教とともに流入してきたこともあって、占術や呪術に特化して独自の発展を遂げた。それが日本の陰陽道」


……確かに、陰陽師というと一般的には術を使って化け物を退治するとかそういうドロドロした闇関係なイメージしかない。

元は、学術、理論的な思想だったというのが、雲をつかむような話だ。


「その最中で密教と結びついたり、実は呪法に関しては道教から引き継いでいるだとか、宗教的にもややこしいことになってきた」

「すみません、オレの頭がもうややこしいことになってるんですけど」


みんな大丈夫なの? これ。

そう言って一息ついてもらってから、周りを見渡してみるが


「割と興味あるから平気」

「私も」

「仕事の関係だから、興味はともかく理解はしようかと」

「僕は全く問題ない」


オレだけだよ、ついていけない予感するのオレだけだよ。

違うよね、ここにいる人たちが特殊なんだよね! 専門家の話好きそうな人たち多いもんね!!


「大丈夫、陰陽道についての説明はここまでだから」


さわりでこんな感じなのか。

深入りするものではない。


清明さんは苦笑しながら先を続けた。


「そんなわけで、僕は見ての通り陰陽道に興味を示した。それこそ幼いころからだ。血筋を重んじる旧家、あるいは宮内庁や周りの政治家が、それを喜んで勧めてくれると思うかい?」


陰陽道が何なのか。

それを理解するには、難しい。

けれど、この質問にたどり着きたかったのだろう前座より、その答えはずっと簡単だった。


「仮にも旧とはいえ宮家の人間が、神道ではなく陰陽道に傾倒した。僕は受け入れられなかった」


わずかに落ちる沈黙。

清明さん……キミカズは「異端」だったということだろう。

その沈黙を破ったのはエシェルだった。


「だが、君は術師として第一線で務めを果たしている。おそらく、なくてはならない存在だ。皮肉なことに、こんな時代になって初めて認められた。……そういうことか?」

「認められたのは、僕という人間ではなく術師としての腕だけれどね。それでも、いままでの窮屈な世界よりは、ずっといい」


そう言って、清明さんは口元を静かにほころばせた。


「例えば祓うべき対象がいたとする。神道は神聖な力を用い、陰陽師は呪法を用いる。……言葉だけでも普通の人には全く違うものだと解釈されるのは、当然といえば当然だった」


「神職のお祓い」と「呪術」。

やることは同じなのに、確かにイメージには天と地ほどの差がある。


「僧侶と魔法使い的な」

「西洋風にしただけだろ」


理解の進んでいる忍が司さんにつっこまれている。が、一言でまとまっていて、わかりやすい。

清明さんはただ笑うだけだ。

そして、続ける。


「でも何が違う? 僕らの扱う式神は……元々あやかしだった存在は、この八百万の神の国で言われる『神』とは何が違うんだ」

「……」


考えたこともなかった。

それも当たり前なんだろう。神社があれば手を打ち、寺があれば手を合わせる日本人。田舎に行けば、路傍に置かれた名の刻まれた石にも手を合わせる。


……違いなんて、きっと考える意味もない。


答えは清明さん自らが教えてくれた。


「何も違わない。例えば龍神、彼らは神として各地で崇められているけれど、厳密には民間信仰であって、『国家神道』では信仰の対象外だった」

「? 国家神道?」

「日本って一応国家で宗教は持ってない扱いですよね」


さすがにオレたちの生まれた時代では聞いたことがない話だからか、忍や森さんも疑問を投げかけている。


「明治時代に、一度統一されたことがあったんだよ。それまでの各地の信仰と、天皇家にまつわる……例えば、古事記や日本書紀に登場する神の扱いを分けた。認定された神以外は『民間信仰』になってしまったんだ」

「……それって、今はない話ですよね」

「廃止されたのが大戦直後。施行された期間は短いけれど、そこで様々なものが統廃合された痕跡は今も残り続けている」


そんなことを言われると神仏習合だとか、それをやめたとかそういう話の方が有名で、そもそも日本のカミサマが、区別されるとかは考えたこともなかった。


けれど確かに、神社に祀られている神様というと、漢字名の有名だけれど読みづらい神様ばかりな気がする。


「龍神は、普通に名前に神がついているし分かりやすい例えだとは思うけれどね。地方に存在する名もなき社、そういうところに祀られていたのはあやかしの類であることも多い」

「……」


妖怪を神様にしてたんですかと言いかけて、それはたぶん、一般人のごく偏見的な意見だと思うので、呑み込んだ。

案の定、森さんや忍の方が理解が早い。


「そもそも八百万の神の国なんだから、何が神様でもおかしくはないよね?」

「土着のあやかしはその土地を守ったりして、それを人間が土地神として手を合わせても全く不思議ではない」


オレにはあなた方のその受け入れの速さっぷりが不思議です。


「そういうことだ。もちろん、悪さをするあやかしもいる。単に性質上の問題で、彼らはそもそも人間の善悪で計れるものではない」


彼ら、というところに違和感を覚えてしまうのだが、それは式神という存在を常に目の当たりにしているからだろうか。


黙っていたエシェルが聞いた。

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