出会い-白上 司(7)
ソウダヨネー
人命救助の観点で行けば、性別問わず同じ方法でやらないとだよネー
現実は時として厳しいが、そんな場に出くわしたら現実かつ合理的な方法の方がいいに決まっている。
「ついでに現在……というか大分そうとう前からだが、救命行為としての人工呼吸は今はしない方がいいことになっているからな」
「えっ! ……海でおぼれた時にするあの定番のですか」
「その状況に出くわしたことがないから、それが定番だかわからないんだが」
善良なつっこみまでしてくれた。
そして続ける。
「厳密には、直接接触しないよう、専用のマウスピースがある。ない場合はしなくていいと言われている。感染症の恐れがあるからな」
少女漫画や恋愛小説の六割くらいから夢みたいなものがなくなる現実だ。
六割というのはオレのイメージであって、実際はどうか知らない。
いずれここには、現実しかない。
「……なんでそんな話になったんでしたっけ」
「秋葉がおかしなことを言うからだろう」
そうだった。
「じ、じゃあそのアンプル程度なら問題なく飲ませられるってことですか」
「あぁ、無理に流し込むんじゃなくて自然の嚥下反応を使うんだ」
ごく少量の液体は、少し口に含ませれば自然、奥に落ちる。
夜中に唾液で窒息することがないレベルの現象だ。
アンプルの中身を口に含ませ、顎を指先で少し上げてやると間もなく忍の喉が鳴った。
「……飲んだな」
「さすがに武装警察だけあって手際がいいですね」
なんて言っていると忍が目を開ける。即効性なものらしい。
「…………」
「大丈夫か?」
「うん、なんか……ちょっと目が回る気がするけど、……大丈夫かと」
自分のことなのに、推定系で言うのやめてくれ。
本当に大丈夫なのか、判別がつかない。
「随分無茶をしたな」
「そうだぞ、結局交渉決裂で怒らせて、司さんが大変だったんだからな」
「「…………」」
あれ?
「うん、そうか。倒れた後に秋葉が部屋から出してくれたのか」
「そ、うだけど……何?」
「いや、ありがとう」
なんだよその微妙な間は。
司さんを見る。
あとで振り返るとこの時からオレは、司さんに視線で助けを求める癖がついてしまったらしい。
ちゃんと察してくれるので。
「あれは決裂したんだじゃない。俺の裁量で確実に動けるように『相手のミスを誘発した』行為だろう」
「プライドが妙に高そうだし、怒らせれば絶対何かしてくるとは思った」
「お前、それで死んでたらどうするんだよ」
「私を使いたがっていたみたいだから、たぶん、殺されはしないだろうと思った」
ケンカは怒った方が負けというが……
これは一体、褒めていいことなのか、やめてというべきなのか。
もう少しましな方法があるだろうとか、せめて事前に教えておけとか司さんがちょっと説教をしているのでオレはタッチしないことにする。
切り札は教えるものではないというとんでもない反論が出たりもしているが。
……オレは傍観者になりきることにする。
「司くん、バトルしたの」
「まぁ、バトルというか一応、警告と………」
え、なんで黙るんですか。警告となにしたんですか。
ちょっとスプラッタな感じなのは想像できますが。
「あとで話す」
濁した。
* * *
こうして、所管は事件として警察当局へと移り、オレは平和な大使館へ向かう日々に戻る。
後日、本物の魔界のモラクス侯爵からは、詫びにと菓子折が届き、
同じころ、視察から帰ってきたダンタリオンからは
生八つ橋・大阪の恋人・スグヨクナールなるビタミン剤のような瓶に入ったラムネが土産として渡された……
「お前が遊びに行ってなきゃなぁ! 危ない橋すら渡らなくて済んだんだよ!!」
もちろん、それをどや顔で出された日には、切れるしかないだろう。
オレは拳を行き場なく握りしめている。
「遊びじゃなくて視察だ、視察。土産を買ってきてやっただろう!」
「定番は東京駅とかアンテナショップで売ってんだろ!? 大阪の恋人ってなんだよ、ふつうに北海道の人気なアレと同じじゃねーか!」
見た目も意識している感じがたっぷりだ。
菓子折を眺めながら、忍のフラットな口調が横から聞こえる。
「ここら辺のパクりっぷりというかセンスは大阪らしくてすごくいいと思うけどね……秋葉、いらないなら、このスグヨクナールってもらっていい?」
「どうするんだよ、そんなの」
「司くんの妹ちゃんにあげてもいいかな。お世話になったし」
妹には世話になってないんだが、まぁネタになるなら……
「ダメ! 司さんにはしかるべき礼をするからそんなネタもの回さないでくれ! っていうかこいつのせいであんな目にあったんだから、むしろ逆に失礼!」
「……そうか、一理ある」
あくまでネタでしかない土産に、思い切り反対だ。
「何それシノブもそういうこというの? 酷いな。もう土産、買ってきてやらないぞ?」
「土産たくさん売ってるようなところにそもそも長期で行くのやめてくんない? 魔界の大使なんだろ、お前」
いや、この際相談はめんどうだからしてこなくていいけど。
オレの日常は、こっちの方がまだ向いているらしい。
とても不本意なことだが。
ダンタリオンの土産話につきあう忍を眺めながら、ため息しか出てこなかった。
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