出会い-白上 司(6)

それから。


時間は結構経ったと思う。

といっても、5分か10分か。


その程度でも長いと感じる。


逃げるにしても従僕がいることもわかっていたし、司さんの様子から、離れすぎずの場所で待つのがよいと判断し、忍は廊下にあるソファに横にしてオレは扉の方を見ていた。


人に危害を加えることが明らかな神魔は『排除』対象。

それはオレも知っている。


司さんの言っていたように、よくて国外へ永久追放、悪質なら当然消えてもらうことになる。

文字通り、倒す、という言い方が正しいのかもわからない。

神魔の力は、制限があるとはいえ人間からすれば強靭なものだから、二度はない。


性質的なものもある。一度危険とみなされた悪魔の類に、躊躇することは死につながるとは言われていた。

それが交渉であろうと戦闘であろうと。


「……」


すぐにとどめを刺したなら、すぐに司さんは出てきたろう。

でも出てこない。

この間、何が起こっているのか。待たなければならない1分というのは、長い。


そして、扉が開くと何事もなかったかのように司さんが出てきた。


「こっちです!」


気付くのと同時くらいに声をかける。


「あの、怪我とかないですか」

「あぁ、俺はな」


そう言って、司さんは意識を失ったままの忍のそばに行く。

手首と首に触れ、そして呼吸を診る。


「気を失っているだけのようだ」


それを聞いて初めて、安堵の息が出た。

それから、背中を向けたままの司さんに聞いた。


「あいつ、どうしたんですか」

「罪状全部突き付けて何度か警告はした。自分が書いた誓約書の写しも見せたが、燃やしたからな。これは無理だと思って、消えてもらった」


さらりと言う。


「消えてもらったっていうのは……」

「秋葉、入国の際に神魔が書く誓約書というのはそのまま『制約』になるんだ。俺たち人間でもあのレベルの魔人なら十分倒せる、有事の際に神魔を制するひとつの仕組みでもある」


護衛についてくれるのは、正しく言うなら警察の対神魔用に編成された特殊部隊。

彼らは神や魔の力を受けないよう、あるいはその強靭な守りを破壊できる手段を持つと言われる。

それが霊装。


厳密にいえば、強化のすべも受けているので、身体能力的にもだいぶ上という話だ。

話、というのはオレ自体がこうして実際、その力を目のあたりにすることがなかったから。


……こんな目に遭ったことはなかった。


「とはいえ、俺の裁量でそうしていいかどうかはよほどでないと微妙なところなんだ。今回のように露骨に悪意を振りまく悪魔ならそうでもないんだが……」


そう言って司さんはことりとソファの前にある小さな丸テーブルの上に、何かの結晶を置いた。


「これは?」

「凶悪な神魔は牢に入れても意味がない。そもそもこちらの命が危なくなるようなら本気でかかるしかない。だが調べをする必要がある場合は、こうして一度結晶化して持ち帰るのが定石。あとは上の判断だ」


……凶悪な魔人、そういえば結局モラクス公爵ではなかったわけで、これには七十二柱の面々にとっても不敬な事態だろう。

彼らに聞けば、すぐに正体もわかると思うが。

いずれ、ここから先は外交部の管轄ではない。


「忍の方は……気を失っているだけならいいですけど、どうします?」

「秋葉、知ってるか?」

「?」


広い廊下は静まり返っている。主が消えたことを察したのだろう。従僕の姿はおろか、気配すらなくなっていた。


「気絶した人間を起こす一番早い方法」


何てこと俺に聞くんですか。

一応考えてみる。


「……ただ、気絶しただけならやっぱり頬をたたいてみたり呼びかけてみたり」

「武装警察の場合、気絶をすると#気付__きつ__#の一撃をくらう羽目になる」

「なんですか、気付の一撃って!?」


不穏な言葉にしか聞こえない。


「生死がかかっている状況だとして、誰かが背負って移動するのも、悠長に起こすのもデメリットしかないだろう?」


そういえばそうですね。

もしさっきみたいな事態が発生した場合、そんなことをしていたら二次災害が絶対起きる。

みんな死ぬる。


「えーと……だから、……まさか、忍にそれくわらすんですか」

「いや、時間もあるしそれはない」


さっきからじっと様子を見ながらこちらは見ずに話しているので、暇つぶしのような会話なのかもしれない。

……司さんは意外と話してくれる人であることが発覚した。


「起きるまで待ちます?」

「多分これは待っても起きないパターンだな」

「どういうことですか!?」


司さんはコートの内ポケットから、何かを取り出した。

小さなアンプルだ。

話しながらその口を切る。


「物理的にショックを受けて気絶したなら物理的に起こせるんだが、霊的に意識を落とされている場合は、普通の方法では無理なんだ。……時間で解決する場合も多いんだが」


いつだかわからないので結局、解決するとは言えないと司さんは言う。


「そのアンプルの中身、飲ますんですか?」

「あぁ」


司さんは忍の上半身を支えるようにして起こす。


「どうやって?」

「どうやって……?」


素っ頓狂な質問だったのか、振りむいた上で復唱された。


「……眠り姫みたいにですか」

「…………………………………」


完全に司さんの時間は止まった。


なんなのその例え、オレの語彙力相変わらず!

あぁっなんかすみません!!!


聞かなかったことにして進めてください!


居たたまれなくなったところで、司さんは小さなため息をつく。


「もうひとつ秋葉は覚えておいた方がいいな」

「え、なんですか」


謝る機会を逃してしまった。

このままではオレは、初対面の人に何を言っているのかわからないヤツ認定だ。

が、幸い、司さんは意外に気にしていない様子。


「気絶している人間に、ふつうに液体を飲ますのは危険だからな。気道に入る可能性が高い。量にもよるが最悪窒息死だ」

「……よくゲームとかで戦闘不能回復アイテムが液体ってことありますよね」

「固形物より無理のない設定だが、現実問題として飲ませること自体が至難の業だと思うぞ」


司さんは真面目に答えてくれている。

それともむしろ柔軟思考なのか。


……忍とのやり取りを思い出すと、後者の可能性が高いな。


オレはちょっと安心する。

最初は硬い感じの人かなと思っていたけど、なんだかぐっと身近になったというか……



オレのアホな会話に、つきあってくれる。



あ、泣きたくなってきた。



「多量必要なものを少しずつ飲ませるという意味では、そういう方法もありかもしれないが、そもそもだったら何かに湿らせて、含ませればいいだけであって」


全くその通りだ。考えてみれば口移しにする必然性がどこにもない。

考えたこともなかった……というか普通考えない。


オレが考えさせた。今。


脳内の語順も整理されなくなってきた。


「秋葉は仮に相手が男だったら、……いや、老若男女関係なくそれができるのか? 人命に関わらない場面でも」

「なんでそうなるんですか、嫌に決まってるじゃないですか」

「そうだろう。他に合理的な方法があるならそっちを取るに決まっている」



ものすごい説得力。

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